アヤカシの世界へ③
前回のお話→アヤカシたちに受け入れられた渚は、クロと共にスオウの屋敷を見て回ることになった。アヤカシたちは妖狐たちとの戦いで、腕を無くしたり大きな傷跡をつけている者もいた。渚は彼らを前に、不安な気持ちを押し隠す。
「それにしても広い家……」
クロの案内でスオウの家を歩いていた渚だったが、すっかり日が落ちても全てを1周することはできなかった。
家の中は、渚1人ではあっという間に迷子になってしまうと思うほど広く、通路も複雑に分かれていた。こちらの廊下を行けば四辻御堂のような不可思議でレトロな作りで、かと思ったら、あちらの廊下に曲がれば日本風な造りになったり、中華風の造りになったり、エキゾチックを思わせる部屋があったりと忙しい。
しかも、家の中から漏れる明かりと外灯の明かりに浮かび上がる広大な庭は、色々な時代や国がごちゃ混ぜになっているようだ。あまりに広い庭で、どんなに遠くまで目を凝らしても終わりが見えない。この家のひっちゃかめっちゃか具合は、四辻御堂の中と同じかもしれない。ひとつの家とは信じられないほどに入り組んでいた。
クロに案内してもらっているうちに、1人、また1人と周りにいたアヤカシたちがいなくなった。クロによれば、みんな夕飯の時間らしい。部屋はたくさんあるから、それぞれで思い思いに過ごしていると言う。
周りに誰もいなくなってから、渚は気になっていたことを尋ねてみた。
「ねぇ。さっきここに来る時に使った、小さい鳥居みたいなのってなんだったの?」
「あれですか? あれは『潜り赤鳥居』と言って、師匠が好んで使う道具の1つです。あれの対となっている『黒鳥居』がある場所に一瞬で移動できるんですよ」
「じゃあその黒鳥居があの部屋にあったってことか……え、でも赤鳥居の方はあっちに置きっぱなしってこと? じゃあすぐにここがバレちゃうんじゃ!」
「大丈夫です。1度使った赤鳥居は力を失って消えてしまうんです。だから今頃、あちらでは大パニックになっているでしょうねぇ」
クロがとても生き生きとした笑顔で言う。あの師匠にしてこの弟子ありなのか、単純に宮路家の人間をスオウやクロが良く思っていないのか。スオウの話しぶりからしても、宮路家がアヤカシたちに快く思われていないのは確からしい。
「そうなんだ……だからスオウはあんなに、したり顔だったのか。でも使ったら消えちゃうなんて……なんだかごめんなさい。貴重な物なんでしょう?」
「それも大丈夫です。あの鳥居を作れるアヤカシはまだまだお元気ですし、師匠は前からあの人たちに一泡吹かせたいと仰っていたので」
「そうなんだ……凄いなぁ。あんな物を作れるなんて。どんなアヤカシなんだろう」
「今その方がいらっしゃるお部屋に、ちょうど向かっていますよ」
「え!?」
思いがけない展開に、渚は素っ頓狂な声を出す。それにびっくりして振り返ったクロと目が合ってさらに渚は赤面してしまった。スオウと出会ってから、渚はどうも調子を狂わされてばかりだ。いつもの自分とは違う自分になっている気がしても、それをどうしていいかわからず、持て余し気味になっていた。
両側に障子戸の部屋が連なる、長い1本の廊下をひたすらに歩いて行くと、正面に大きな飾り戸が見えてきた。黒く重そうな戸に精巧に彫られているのは、背中合わせに立っている2匹の狸。まるで陽気に踊っているようにも見える。そしてその戸の前には、いつもの様子のスオウが待ち構えていた。
「いやぁ遅かったね。どうだい我が邸宅は。気に入ったかな?」
「広すぎて回りきれなかった……」
「それはそれは」
かっかっかと笑うスオウに、渚はなんとなくムカッとした。自分でも理由はわからなかったが、クロがいなければさっきの分と合わせて引っぱたいていただろう。
「さて、あんたにはまず会ってもらいたい人がいる。きっと頼りになるぞ」
「さっきクロ君が言ってた、鳥居を作ったアヤカシ?」
「おや、もう聞いたのか。それなら話は早い。早速入ろう。……長老、入りますよ」
重そうに見えた戸はスオウとクロの手によって、思ったよりも軽快な音と共に左右に開かれた。戸が開かれた先の奥の壁際、その中央に黒い羽織と若草色の和服をまとった初老の男性がいた。どうやら詰め将棋をしているらしい。カツン、カツンとこぎみ良い音が響く。
男性はこちらに目をやりもしないのに、自分の存在感だけで渚を凝視してきた。渚はその場から動けなくなる。
「わしになんの用だ? アカノ」
長老と呼ばれた男性はまだ将棋盤から目を上げない。長老からアカノと呼ばれたスオウが、のんびりと答えた。
「その呼び方はやめてくださいよ。今はスオウっていうんです」
「何言ってんだ。わしに取っちゃあ、お前さんはいつまでもアカノだよ」
「参ったなぁ」
「その子かい? みんなが言ってる澪さんの娘っ子っていうのは」
「そうです。そのことでお話が」
「どれ、お嬢さん。将棋はできるかい?」
「え……えっと。少しなら……ルールを知ってる程度ですけど」
「十分。こっちに来て相手をしておくれ」
スオウと目が合う。スオウは肩をすくめて、「仕方ない」というような様子だ。今は従う方が良いという判断を渚も下し、素直に将棋盤を挟んで長老の前に座る。少なくとも最初の威圧感は無くなっていた。
渚が最後に将棋をやったのは小学生の時。父の康太に教わったものの、結局難しくて飽きてしまって以来、1度もやっていなかった。
流れや定石はさっぱりわからないので、ルールを思い出しながら駒を置いたり、どこに駒を置こうか考える振りをしたりしながら、渚は長老のことを観察した。
見た目はいっても60歳後半くらい。凜よりも若く見える。綺麗に整った白髪と、銀縁眼鏡から覗くまつげがとても色っぽい。長老というよりはダンディーなおじさまといった感じだ。和服がとても様になっていて、細身で色黒の顔に鼻の下の白いひげがよく映えている。何を考えているのかわからない雰囲気は、スオウにそっくりだと渚は思った。
「ははは。そんなに見とれられちゃあ、流石のわしも照れちまう」
渚は思わず目を逸らしたが、時既に遅し。ダンディーなこの長老が、今度はしっかりと渚を見返していた。恐る恐る視線を戻して改めて正面から見ると、とても優しそうな顔でニコニコとしている。
「はい、王手」
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