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アヤカシの世界へ①

前回のお話→自分が今何をするべきなのかに思い至った渚は、スオウに、どうにか凜たちの言いなりにはならずに勉強をできないかと持ちかける。

 じとりと渚がスオウを見ると、スオウは肩をすぼめてはぐらかす。しかし、さっきまでの険しい顔ではなくなった。悪戯を考える少年のような顔つきだ。どうやら渚の意図していることが伝わったらしい。

 クロが本棚を物色している。手を使って本棚の大きさを測っているようだ。小さな腕を精一杯伸ばしている姿は、なんとも形容しがたい。渚は、クロを撫で倒したい気持ちを必死に堪える。


「つまり、ここじゃない場所に行ってあいつらに見つからないようにすれば、その悩みは解決だな?」


 スオウがニヤリと笑う。クロがスオウにコクリと頷くと、スオウはカバンから手のひらサイズの鳥居を取り出した。真っ赤に塗られた可愛らしい鳥居は、観光地のお土産屋さんで買えそうな代物だ。


「その悩み、四辻御堂のスオウが解決いたしやしょう!」


 スオウが本棚の前に置かれた大きなテーブルにその鳥居を置き、本棚に触れる。クロは真ん中の本棚を触り、反対の手でスオウの着物を掴んだ。


「さ、あんたもそこの本棚に触って、クロの服を掴みな」


 訳がわからないながらも、クロのニコニコとした顔に釣られて、渚は素直に指示に従う。あの笑顔に敵う人などいないはずだ。3つ目の本棚の端とクロの服の端を掴むのに、渚は腕をいっぱいに伸ばさなくてはならなかったが、どうにか言われた通りにはできた。それを確認したスオウがテーブルの上の鳥居の中に、何も触れていない方の手をそっと入れた。


「我、そなたの地へゆかん」


 スオウの優しい声が渚の耳に届くと同時に、世界がぐらりと歪んで暗くなる。

 鳥居に吸い込まれた3人は、本棚と一緒に部屋から跡形もなく消えていた。部屋に差し込む西日が、本棚のあった場所を赤々と照らし、鳥居はその中に紛れ込むようにして消えていった。

 世界が歪んだと思った瞬間、渚は衝撃と共に固い地面に尻餅をついた。急な眩しさに目が眩む。


「いったー……」

「おやおや。随分鈍くさいなぁ」

「何か言った?」

「いんやなんにも? そんなことより、早く退かねぇと押し潰されちまうぞ?」


 渚は痛む腰を押さえながら慌てて立ち上がり、今自分が出てきた方を振り向くと、巨大な本棚が黒い渦の中から顔を出しているところだった。


「きゃあ!」


 咄嗟に横に飛び、間一髪でぺしゃんこになるのを回避した。ズシン、ドシン、ドスッと音を立てて本棚が渦の中から飛び出し、横並びに整列した。全ての本棚を吐き出した後ろの渦巻きが、あっという間に小さくなりながら消えていく。


「よし! 大成功~! いやぁ、あいつらは血眼になってあんたとこの本棚を探すだろうなぁ。何せあんたもこの本も、とっても貴重なものだから」


 ニシシと笑うスオウは、悪戯が成功して困り果てる大人を見て喜ぶ子どものようだった。渚は思わずため息が出てしまう。確かにどうにかならないかと頼んだが、こういうことはまるで想像していなかった。

 腰の痛みも引いてきて、ドキドキしていた心臓も静かになり始めると、ようやく渚に周りを見る余裕ができた。そうしてぐるっと見回した時、渚の心臓はもう一度早く動き出した。さっきとは理由が違う。今は不安と恐怖で心臓が早く動いている。

 今、渚は『人ならざるもの』たちに囲まれた、知らない部屋の中にいた。畳張りの大きな部屋で、凜の家のように障子戸で3方が囲まれている。障子の下の部分は格子状の隙間があって、そこからもこちらを覗く無数の目。


「ここ……ここどこ!?」


 渚は腰が抜けてしまって、また尻餅をついた。目がひとつの子ども、毛むくじゃらの大男、2本足で立つ動物、大きなものから小さなものまで、ありとあらゆる目が渚たちをじっと見ている。障子には所狭しと人間とは違うシルエットが並んでいた。――これは……まるで……

毎週月曜日と金曜日、20時頃に最新話を更新予定!

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