宿命⑤
前回までのお話→自分の祖母に初めて会った渚は、ひとときの穏やかな団欒を楽しむ。美味しい食事を堪能する渚は、これから始まる祖母とスオウの腹の探り合いなど、微塵も想像していなかった。
スオウが渚の母のことや、アヤカシ界に起こったことを淡々と話す。渚はそれを他人事のように聞いていたが、母はなんて無茶なことを1人で背負い込んでいるのだろうと、段々と腹立たしくなってきていた。子どもを巻き込まない為の決断だとわかっていても、結局自分は寂しい思いをさせられて、今こうして問題が目の前にやってきてしまっている。本末転倒だ。
四辻御堂ではスオウの話を聞いても半信半疑な渚だったが、話を聞いている大人たちの様子から、これは疑いようのない事実なのだと認めるしかなくなった。凜の口から漏れたため息で、逃れられない運命が動き出したように感じられる。
「こんなになるまで話をせず、澪さん1人に任せてしまい、申し訳ありやせんでした」
スオウが深々と頭を下げる。この男が謝ることなんてあるのかと渚は驚いたが、真剣なその姿が、澪を思う気持ちは本物だと言っていた。母はアヤカシたちに慕われていたのだろうと、アヤカシのことを何も知らない渚にもわかる。凜が重い口を開いた。
「スオウさんが謝ることではないよ。これはあの子が自分で決めたこと。そうか、あの子は今そんなことになっているのかい」
凜がまた、小さくため息を吐く。他の大人たちも俯いて黙り込んでしまった。それを見た渚に嫌な予感が走る。
「アヤカシ族に起こっていること。それは人間界の危機でもある。親として、澪を助けに行きたいのも山々だけど、ご覧の通り、我々にはもう昔のような巫女の力は無い。あの子が、澪が特別だったんだよ。私も年老いてしまっているし、ここにいる者もみな、簡単な祓い事くらいしかできない。澪を助けに行くなんてこと、誰にもできないんだよ」
「そんな! ここに来ればなんとかなるって言われたのに!」
渚は思わず叫んでいた。大人たちの顔を見回すと、気まずそうに顔を逸らされたり、考え込んだように目を閉じられたりしてしまう。スオウはある程度わかっていたのかあまり驚いていないようだったが、それでもやはり、落胆の色は隠せないようだった。
「すまないねぇ。……スオウさんがそう言ったのかい?」
「ううん。夢の中で、髪が青い綺麗な女の人に言われたの。顔はあんまり覚えてないけど……」
「なんだって!?」
凜が突然身を乗り出して大きな声を出す。渚はびっくりして思わず後ずさってしまった。途端にざわざわと誰もが話し出す。スオウもびっくりした顔で、渚に話しかけてきた。
「あんた、ホントにその夢を見たのか?」
「う、うん。四辻御堂で寝ちゃった時に。あんまりよくは覚えてないんだけど、実家に行けって。そうすれば私の憂いが晴れるって言われて……だからここに来れば、お母さんを助けてもらえると思ったんだけど……」
スオウが黙って座り込む。シンと静まりかえった空気の中、最初に声を響かせたのは凜だった。
「修行も無く……やはり澪の子、ということかね」
「え、どういう意味? おばあちゃん、私、何かまずいこと言った?」
「その逆だよ。渚、貴女は水龍の巫女の正当な後継者になったんだよ。それも、水龍の巫女様直々に選ばれた、ね」
「え!? 嘘!」
「本当さ。その巫女様のいる場所は美しかったかい?」
「うん……凄く綺麗な湖だった、と思う」
凜の口の端が不気味に笑ったような気がした。大人たちのざわめきが大きくなる。あの夢の女の人が巻物に描かれていた巫女だったなんて、渚は微塵も思いつかなかった。言われてみればそうかと思うが、まさかという気持ちのほうが大きい。それに後継者と言われても渚は何も知らないし、何もできない。ただの中学生だ。スオウは黙りっぱなしで、余計に渚の不安をかき立てる。
「あの、単に巫女様が母を助けてほしくて私の夢に出てきたんじゃないのかな? お母さん、本当なら今ここの当主を継いでるはずの力のある人なんだよね? だったら、その血を絶やさないように娘の私に訴えかけてきただけなんじゃ……」
「巫女様の夢が見られるのは巫女様が選んだ、自身の後継者となり得る力のある者だけなんだよ。修行の過程で、巫女様の夢を見た者が次期当主となる。私も澪もそうして選ばれたけど、渚はまだ中学生なのに……」
「で、でも、巫女様、私とは相性がいい。また会うだろうって。ホントに力があるからと言うより、たまたま私の夢に出やすかっただけなんじゃ」
「あのね渚、夢を見ると言っても、私たちは巫女様と会話すらしたこと無いんだよ。歴代当主は、巫女様のお姿を見ただけ。澪でさえ、美しい湖の畔でお会いしただけだった。私なんか、暗闇の中で美しく光る巫女様が立っていただけだ」
「そ、そんな……」
「スオウさん、よく渚を見つけてくれました。澪はこの子の素質がわかっていたんだね」
「いや、そんな……」
スオウがふいと顔を逸らす。心なしか不服そうにも見える。頼りのスオウがこの調子では、自分はこれからどうなってしまうのかと、急に心が萎んでしまって、渚はざわざわと落ち着かない音の中に埋もれてしまうような気持ちになった。突然、大きく手を打つ音が部屋に響く。
「みな静かに。これからのことは改めて話しましょう。渚もまだ混乱しているだろうし。大丈夫、きちんと話すからね」
「うん……」
「ところでスオウさん、そのカバンに入っている物はなんだい?」
毎週月曜日と金曜日、20時頃に最新話を更新予定!
活動報告には質問箱を設置しておりますので、コメント欄にご質問やご感想やリクエストなど、お気軽にご活用ください。




