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宿命④

前回までのお話→やっとの思いで辿り着いた渚の祖母の家は、渚が思っていたよりも大きな屋敷だった。藤田に促され、その門を渚とスオウはくぐる。

 屋敷の中は外から見た通り広く、たくさんの部屋がまるで迷路のような廊下で繋がっている。和室が多いのか、畳の匂いが廊下を満たす。

 中庭が一望できるホールには、立派なグランドピアノが置いてあった。そこだけは、まるで写真で見る大正浪漫をそのまま現実にしたような、タイムスリップ感を漂わせていた。

 しばらく廊下を歩いて、もう玄関の方向もわからなくなった頃、大きな障子戸が連なる部屋の前で、ようやく藤田が足を止めた。


「奥様、渚様をお連れしました」

「入りなさい」


 厳しそうな、しかし和らかい声が扉の向こうから返ってくると、藤田は戸をスッと開けた。

 戸の向こうにはザッと開けた視界。自分の家よりも遥かに広い畳の部屋に置かれた、大きなテーブルを囲んで座るのは、10人程の様々な格好をした大人たち。皆一様に渚に視線を浴びせている。その視線の鋭さが、まるで蝶を挿し留めるピンのように感じられた渚は、体を動かせなくなった。


「貴女が渚?」

「……はい」

「ほほほ。誰も取って食べたりしないわ。よく来たねぇ。こっちへおいで。もっとよく顔を見せておくれ」


 1番奥に座っているお婆さんが優しく渚に微笑む。藤田に応えた声と同じ声だった。

 体を動かせずにいる渚の背中に、スオウがそっと触れる。渚はスオウと顔を見合わせて、それから小さく息を吐いて部屋に入った。


「失礼します」

「こっち、こっちにおいで」

「はい」

「スオウさんも久しぶり。どうぞ座って」

「それでは、失礼しやす」


 渚は大奥様と呼ばれるお婆さんの隣に座る。スオウはテーブルの1番端、入り口の1番近くに座った。2人の距離が随分と遠く感じるのは、広すぎる部屋と大きなテーブルのせいばかりではない。


「あぁ。澪が同じくらいの頃によく似ている……こうして生きて、貴女に会えるなんて……」

「えっと、貴女は」

「私は46代目当主、宮路澟(みやじりん)。貴女の母親である澪の母。つまり、貴女の祖母ということになるね」

「私の、おばあちゃん?」

「えぇ。クロ君から全て聞いたよ。家の力が弱くなっているせいで、澪や渚にばかり辛い思いをさせてしまったみたいで……本当にすまないねぇ」

「え?」

「渚、今までよく頑張ったね」


 シワシワの温かい手が、渚の顔を包む。思わず渚が涙ぐんでしまう程に、その手は優しかった。


「それにしても渚、随分顔色が悪いねぇ。お昼はまだなのかい?」

「はい。始発で来たので、今日はまだ何も食べてなくて」

「まぁまぁそれは大変。スオウさん、渚に何かあったらどうするの!」

「すいやせん。気が回らなかったもんですから」

「そんなことだろうと思って、師匠たちの分もお食事をご用意いたしました」


 いつの間にかいなくなっていたクロが、藤田やたくさんの人とお盆を抱えて部屋に入ってきた。とても美味しそうな匂いが部屋を満たす。渚のお腹が盛大に空腹を訴えた。


「あらあらまぁまぁ。クロちゃん、本当に気が利くねぇ」

「えぇ本当に。私は朝から大助かりですよ」

「藤田さんがそこまで言うなんて。スオウさん、見ない間に良いお弟子さんを取ったみたいだね」

「へぇ。あっしには勿体無いくらいでさぁ」

「ふふふ。その喋り方は相変わらずだね。皆さんも積もる話がおありでしょうけど、一先ず食事としましょう。渚、私たちもお昼がまだなんだよ。一緒に食べるだろ?」

「はい! 有難うございます。いただきます」

「そんなに畏まらなくていいんだよ。貴女は私の孫なんだから」

「はい……う、うん! おばあちゃん」

「ほほほ。本当に可愛いねぇ」


 運ばれてきた豪華な食事は、どれもこれも高級旅館で出てきそうなものばかりだった。特に天麩羅は色がとても綺麗で、箸で持ち上げるととても軽く、口に入れるとサクサクと弾ける衣に包まれた食材の香りが一気に口に広がった。


「おばあちゃん、これ凄く美味しい!」

「そうかい? これはミョウガの天麩羅でね、私の大好物なんだよ。こっちのはゴーヤでね、天麩羅にすると苦くなくなってとっても美味しいよ」

「それ、ボクが揚げました!」


 得意気にクロが名乗り出る。凛に褒められて尻尾をふわっと膨らませるクロを見て、スオウもニコニコとそれを眺めている。思わず、渚の顔も綻んだ。緊張の糸も、一緒に緩んだようだった。

 母と父以外の家族と食べる、初めての食事。渚はこの瞬間を、ずっと覚えていようと心の中でそっと決めた。どの料理も美味しいと思ったが、自分の祖母と食事をしているということが、何よりも嬉しかった。


「さて、お腹もいっぱいになったし、そろそろ本題に入ろうかね」


 凛がそう言うと、歓談していた大人たちが一斉に姿勢を正して静かになった。当主の威厳が、一変した空気からひしひしと渚にも伝わってくる。じんわりと、渚の手に汗が滲んだ。


「まずはスオウさん、何が起こっているのか説明してくれるかい?」


 名前を呼ばれたスオウが立ち上がる。渚を一瞬見て、それから凛の方を向いた。スオウは四辻御堂にいた時のような、それでいて何かを腹に隠しているような、真剣な顔つきになっていた。

毎週月曜日と金曜日、20時頃に最新話を更新予定!

活動報告には質問箱を設置しておりますので、コメント欄にご質問やご感想やリクエストなど、お気軽にご活用ください。

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