私を呼ぶ声②
前回のお話→開かずの踏切で怪しげな男に声をかけられた渚。男は渚を見送った後、一陣の風と共に姿を消した。
確かに渚は1時間目には間に合った。間に合ったが、今朝のことが頭から離れず授業に集中できなかった。いつもなら簡単に答えられる問題も、余裕でこなせる体育も、ミスをしてばかりだ。
「渚~。あんた大丈夫?」
「へ?」
突然声をかけられた渚は素っ頓狂な声を出す。声をかけてきたのは秋野晴菜だった。晴菜はカラッとそんな渚を笑い飛ばす。
「もう帰りの会も終わったよぉ。なに怖い顔してるわけ?」
「いや……別にちょっと考え事」
「えぇぇ、水臭いなぁ。幼稚園からの仲じゃん! 晴菜お姉様に言ってごらん? もしかして、男子?」
「お姉様って、誕生日が1か月早いだけじゃん。まぁ、男と言えば男なんだろうけど……ちょっと踏切でね」
「嘘! とうとう氷の渚様にも春が!?」
「わかってて言ってるなら怒るよ?」
「はいはい、ごめんなさいでした。で? その『男と言えば』ってどういう意味?」
「それは」
「へぇ? 今度はモテ自慢ですか? なんでもできる才女様はさぞ、おモテになるんでしょうねぇ?」
話を遮って嫌みったらしく声をかけてきたのは、渚と同じクラスの篠崎佳乃だ。いつもの取り巻き2人もそばにいる。
「ねぇ? あたしらにも男紹介してよ」
「どうせとっかえひっかえ遊んでるんでしょ?」
「父親に育てられると貞操観念とやらが無くなるんじゃね?」
「それヤバっ!なんなら父親もいけるとか?」
「キモぉ! お高く止まってうちらを見下してる割に下品」
散々好き放題言って勝手にゲラゲラと盛り上がる。最初のうちは渚も反論もしていたが、話が通じない相手に何を言っても無駄だと悟ってからは無視していた。しかし、そうはいかない人間が1人いる。
「あんたらいい加減にしなさいよ! 下品なこと言ってるのは自分たちってのがわかんないとか、頭弱すぎだから!」
晴菜は威勢良く声を張り上げる。だからこそ渚は無視できるのかもしれないと、まるで他人事のように彼女らのやり取りを見ていた。こうやって自分の味方をしてくれる人がいる。それだけで渚は十分だと思えたのだ。
「はぁ!?」
勿論、篠崎は応戦する。取り巻きも顔を真っ赤にしているのが逆に面白い。そうやって観察できるほどに渚は冷静だった。次の瞬間まで。
「どうせお前の母親もあばずれで、どっかの男と逃げたんだろ!」
晴菜が「あっ」と言った時にはもう遅かった。渚は篠崎の前に仁王立ちして、化粧が乗った篠崎の顔をねめつけていた。周りの空気が一気に冷え込む。帰らずにクラスに残っていた生徒たちが一斉に息を呑んだ。
「な、なんだよ」
「私と仲良くしたくても、やり方がわかんなくてこういうことをしてる可哀想な人なんだと思って、やり過ごしてあげてたんだけどね」
「ふざけんな! だ、誰がお前なんかと仲良く」
「そうみたいね。でもそれならなんで構うの? 嫌いなら眼中に入れなければいいのに、わざわざ絡んでくるなんて、よっぽど暇なのね」
「な!? この」
「篠崎ー! 先生が職員室に来いって呼んでるぞー!」
「……チっ」
篠崎と取り巻きは何やら叫んだり、机を蹴り飛ばしたりしながら教室を出て行った。渚は暫く動かなかったが、しんとした教室を感じ取れるくらいまで落ち着いたところで、大きく息を吐いた。少しだけ膝が震えていた。
「さ、帰ろっか晴菜」
「だ、大丈夫?」
「全然。むしろキレた自分に驚いてる」
「そりゃ氷の渚だってキレるよ。あんなこと言われたら仏陀だってキレるね」
「ぷっ。何それ。相変わらず晴菜のチョイス面白い」
「何さぁ! 真面目なのに!」
「崎本君もありがとう。あれ嘘でしょ?」
「え? 嘘なの?」
「あ、バレた?」
同じクラスの崎本賢吾は、なんでもないと言うようにサラッと言った。クラスの雰囲気が一気にいつものゆったりとした流れに戻っていく。放課後のザワザワとした音が、渚の耳にも心地良かった。
「あいつ、前に座ってる俺の椅子蹴ってくるし。見た目良くても性格まるごと入れ替えないとモテないっつうの。周りの女子も然り」
「性格変えるのは無理だろうね~。なんであんなに渚にこだわるんかね」
「それよりさ、さっきの話、俺にも聞こえたんだけど……」
「あぁ、渚の男の話?」
「ちょっと、誤解招く言い方しないでよ」
「俺もその話聞いていい?」
「なになに~? 崎本も渚狙いなの?」
「そんなんじゃねぇよ! ただ……」
崎本は何か言いにくそうに口ごもる。渚たちは沈黙でその先を促した。晴菜はソワソワと落ち着かない。たぶん、他の生徒も素知らぬふりして聞き耳を立てているのだろう。まだ教室内に残っている人数がいつもより多い。
「ふ、不審者だったらヤバいなって思ったんだよ! 最近物騒だし!」
「何それお父さんみたい。めっちゃウケる」
晴菜はどこか不安そうな表情をしながらも、コロコロとした可愛らしい笑い顔を崎本に向ける。渚は晴菜が崎本に普通とは違う感情を向けていることに気がついた。無意識に渚の顔の緊張も解ける。
「気になるなら崎本君も一緒に帰る? 方向一緒だっけ?」
「お、おう! 一緒に帰るよ! ちょっと待って荷物準備するから!」
「早くね。じゃないとさっきの嘘がバレて、篠崎がカンカンになって戻ってきたところと鉢合わせちゃうよ」
「準備できました!!」
崎本の必死の形相に、渚と晴菜は思わず顔を見合わせて吹き出した。そこまで篠崎を恐れていても割って入ってきた崎本の勇気に、渚は心の中で拍手を送る。
キューピッド役くらい買って出ようではないか。勿論、晴菜には内緒で。
毎週月曜と金曜の22時頃、続きを更新予定です!
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