宿命②
前回までのお話→荷物を取りに1度家へ戻った渚が四辻御堂に帰ってくると、すでにスオウとクロの準備は終わり、クロが一足先に渚の祖母の家へと飛び立った。渚はスオウと始発の新幹線の中、開かずの踏切について質問する。
眠そうにしていたスオウの目の光が一瞬で鋭くなった。まずいことを聞いたのだろうか。渚は始めてこの男を怖いと思った。
「別に大したことはしてない。依頼を受けて仕事をしただけさ」
「依頼って?」
スオウが何かを悩むように唸る。聞くのはまずかったのかもしれないが、好奇心には勝てない。それに帰ったら晴菜にも話したかった。
「まぁ、これからきっと知っていくことになるだろうし……もう縁が繋がっちゃってるしなぁ。話してもいいか」
縁が繋がる。四辻御堂でも同じことを言っていた。どうやら大事なことらしい。
「あそこで自殺した女がいたんだが、その家族に頼まれてね。『もし娘がまだ人様に迷惑をかけているならなんとかしてほしい』って。随分憔悴しきった親御さんだったよ」
「その話聞いた。電車に飛び込んで……って、残された家族には結構な賠償責任があるって聞くもんね」
「それもあるが、やっぱり色々言われたみたいだ。強いバッシングを浴びたんだろう。その後に踏み切りで不審な事故が起こったり、原因もわからず開かなくなったりすれば、人間がどうするかなんてわかりきってるわな」
「そうだね……その親御さんはなんで四辻御堂のことを知ってたの? 一般の人だよね?」
「なんでも、踏切のお祓いに来た人間が教えたんだそうだ。『これは私の手には負えない。一応できる限りのことはしたが、もしまだ解決しないようなら』ってな。そこで縁が繋がって、あっしのところに来られたってわけ」
「へぇ。じゃあその祓い屋さんは結構知ってる人ってことだったのかな」
「だろうな。ホントに力のある珍しい人間だったってことだろう」
「それで? どうしたの?」
「あそこまで泣きつかれちゃあ、あっしもほっとけない質なもんでね。それに、人間の業を全部アヤカシ族のせいみたいに言われる、最近の風潮にもムカついてたし。実際に行ってみたってわけ。そしたらあんたも見つけたのさ。まさかこんな近くにいたとは。灯台下暗しだったなぁ」
「じゃあやっぱり、なんかしたんだ」
「まぁね。見たいか?」
「み、見る?」
「ふふん」
スオウは肩から下げていた少し大きめの古ぼけたカバンの中から、小さな壺を取り出した。口の部分には小さな文字が書かれた紙でしっかり封がしてある。どうにも嫌な感じがする。渚は思わず顔をしかめてしまった。
「おや、何か感じたのか」
「感じたというか……でも、なんか嫌な感じはする」
「ほう。修行をしていなくてもやはり巫女の血は健在というわけか」
「え?」
「この中にはその踏切で悪さをしていた女の重く黒くなった魂を封じ込めてある。他のそういう物を寄せないように、厳重な封印を施してね。普通の人間か並の力の者では、例えアヤカシ族が見たとしてもこの壺は普通の壺でしかないはずだ」
「そうなんだ……」
「これが、人間の業のなれの果てってやつさ」
「で、なんでそんなもの持ってるの」
「ん? ちょっとした手土産」
「誰への?」という質問は飲み込んだ。スオウが胡散臭くニヤニヤとしていたからだ。渚は、ふーっと体中の空気を吐き出して、また外を眺めることにした。
辛いことが重なって自殺したであろう女。どんな気持ちで電車に飛び込んだのだろうか。親御さんは、今は問題が解決してホッとしているのだろうか。愛していたはずの娘の魂は黒くなって、小さな壺に封印されているのだとしても、良かったと思うのだろうか。女をそんな風にしてしまったのは、なんだったのだろう。
渚は急に父のことを思い出して、慌てて携帯を見る。マナーモードにしていて着信に気づかなかったが、何回かの父からの着信の後に1通だけメッセージが入っていた。
『気をつけて。帰ってきたら、全部話す』
それだけだった。それは信頼しているからなのだろうか。それとも諦めているからなのだろうか。それとも渚に興味が無いだけなのか。父親ならもう少しあってもいい気もすると思うと、渚はやはりムカムカとした。
「おうおう。いい親父さんじゃねぇか」
「ちょっと! 覗かないでよ!」
「覚悟を決めて愛する妻を送り出し、覚悟を決めて育ててきた娘が何も言わずに出て行っても、それを見守るたぁ。くぅ! 泣かせるねぇ!」
「だからなんで江戸っ子口調なの!」
「しかも戻ったら全部話す覚悟まで決めてるたぁ! こういうのを粋って言うんでさぁ! 懐かしいなぁ。昔はこういう人間が大勢いたのに!」
「恥ずかしいからその喋り方ホントにやめて! 他の人にも迷惑!」
感動して目頭を押さえて熱くなっているスオウのせいで、渚は顔から火を噴きそうだった。恥ずかしすぎて周りは見られないが、きっと今、自分たちは見られている。そう思うと、渚は自分があの壺の中に入りたいくらいだった。
「他の人って、あっしら以外にはだぁれも、いやせんぜ?」
「え……」
渚が慌てて立ち上がって見回すと、本当に誰もいない。渚とスオウの貸し切りだった。
「嘘……」
じゃあさっきから感じている人の気配はなんなのか。渚は急に怖くなって、座席に小さく座り直した。
「こりゃあ、楽しい旅になりそうでさぁ」
「その喋り方やめて」
車両の連結部分の小窓にゆらりと黒い影が動いたように見えた。きっと人がいるか、光の加減のせい。きっとそう。大丈夫。きっと何もかも上手くいく。渚は自分にそう言い聞かせて、不貞寝した振りをした。
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