こちらが四辻御堂です⑩
前回までのお話→澪と世界を化け狐の脅威から守る為、一緒に澪の実家、つまり渚の祖母の家に言ってほしいと渚に頼むスオウ。渚は、スオウの話は信じつつも、言葉にし難い不安を感じていた。
黙り込んだ渚の背中を、スオウがポンっと軽く叩いた。お陰で渚は呼吸を忘れていたことに気づいて、短く息を飲む。スオウは渚に微笑んで、大きく息を吐きながら話を続けた。
「まぁどこにいるのかまでは教えてくれなかったから、あんたを探すのに苦労はしたけどな。普通、力がある奴の痕跡ってのはアヤカシからすれば辿るのが簡単なんだが。術か何かか、それだけあんたを巻き込みたくなかったんだろうけど」
「でも、なんで? 普通なら、信用できない自分の一族より、信用してるあんたみたいなアヤカシに任せようとしない?」
「世界が終わればあんたも死ぬ。そして今のアヤカシ族だけじゃもう守りきれねぇ。きっと澪さんは賭けたんだろう。あっしらがあんたを見つけられなければそれまで。見つければ、万が一があっても一族があんたを守るだろうってな」
「お母さん、思ってたよりなんていうか……結構強かなんだね」
「あんたもその血を継いでると思うと心強いやら恐ろしいやら」
スオウがやれやれと大袈裟にポーズを取る。少しムッとした渚は、スオウの肩をグーで小突いた。スオウはまた大袈裟に痛がる。その時、クロがお茶を持って部屋に入ってきた。美味しそうな紅茶の匂いが部屋を満たす。さっき渚が食べ損ねたクッキーが5枚、添えられていた。
一旦飲んで落ち着こうとスオウが言うので、渚は紅茶を口に運んだ。クロが入れたミルクティーはほんのり甘く、渋みの無いスッキリとした味だった。クッキーがよく合う。渚が食べているクッキーを、クロが食べたそうに見つめていることに渚は気づいた。クロに1枚譲ると、よっぽどこのクッキーを気に入ったのか、クロは人間の5歳児のように飛んで喜んだ。それを見て、渚も嬉しくなった。
紅茶とクッキーを堪能して一段落ついた頃、スオウが両手を打ち、渚に頭を下げた。
「頼む、澪さんの為に、澪さんの実家に一緒に行ってくれ! そこで誰か手を貸してくれる人を一緒に探してほしい!」
「で、でも私、場所も知らないし、お母さんの実家に行ったことも無いし……私が娘だって、信じてもらえるかな」
「場所はあっしが一緒に行くから大丈夫。それにクロを先に遣いに行かせるから」
「え、クロ君を?」
「クロならあっという間に行ってくれるからね。澪さんのお母さん、つまりあんたのおばあちゃんはまだまだご健在な現当主様だし、きっとすぐにあんたを迎える準備を整えてくれるさ」
「任せてください! 師匠の為ならどこだろうとひとっ走りで行きますよ!」
ドンッと力強く小さな胸を叩くクロは、親にお遣いを頼まれて張り切る子どもにしか見えない。スオウとクロの間には、とても強い絆があるということがよくわかる。
スオウが師匠じゃなければ──とスオウが言っていたことを渚は思い出した。なぜクロは、スオウのそばにいることを選んだのだろうと気にはなったものの、そこまで踏み込んで聞いていいものか考えあぐねて、渚はクロを見つめたまま黙り込んでしまった。
「あ、あの……ボクの顔に何かついてますか?」
「あ、ううん。違うの。えっと……クロ君はなんでスオウと一緒にいるのかなって思って」
「そんなの決まってます! 師匠はボクのヒーローだからです!」
「ヒーロー?」
「こらクロ。それは大げさに言いすぎだよ」
「そんなことありません! 師匠は……師匠は命懸けで狐族からボクのことを守ってくれました。そのせいで尻尾を無くして……だからボクは師匠のそばにずっと居るって決めたんです!」
「へぇ。そっか……大変だったんだね……確かに感謝されることは多いみたいね、お師匠さん?」
「失礼な! それに、あんたの師匠になったつもりはない!」
申し訳ないことを聞いたと思いつつも、スオウに対して素直になりきれない渚は、つい突っかかった物言いをしてしまう。つんっと横を向くスオウはさっきまでの大人っぽさの欠片も無く、随分と幼く見えた。渚が思わず笑ってしまうほどに。
渚に釣られて、スオウとクロも笑った。この和やかな雰囲気が、渚にはとても心地良かった。世界の終わりや母の命の危機なんて、みんな夢ならいいのにと思わずにはいられないほど、穏やかな時間だった。この時間の中に、母もいてほしい。そう思った渚は、覚悟を決めた。
「わかった、行こう。お母さんの実家、私のおばあちゃんちに」
スオウたちに宣言すると同時に、ある疑問が湧いてきた。──父は全てを知っていて、私には何も言わずにいたのだろうか。父の気持ちはわからなくはないけれど……
いつまでも自分を子ども扱いをする父に対して、渚の中でモヤモヤとした苛立ちと、問い詰めたい気持ちが強くなっていく。今会っても無駄な喧嘩をするだけだと、渚は長く息を吐いて気持ちをなだめた。
「まずは、家に帰らなきゃ。って今何時!?」
「まだ夜中の2時だな」
「え!? まだそれしか経ってないの!?」
「ここは半分アヤカシ族の世界にあるからね。時間の流れがあやふやなのさ」
「そういうもの、なんだ。それじゃあ今すぐ家に行って荷物を持ってくる。そしたら朝には出発できるよね?」
「おいおい、親父さんに会わなくていいのか?」
「いい。むしろ今は会いたくない」
「そうか……まぁそういう時期もあるのが人間の面白いところでもあるな。それじゃあこっちは準備しておくから」
「うん。あ、でもどうやってここに入ったら……」
「あんたはもうここと縁が繋がったから、いつでも入れる。真夜中から夜明けまでの時間なら、もういつでもここが見えているはずだ」
「そうなんだ。わかった。じゃあすぐ戻ってくるから!」
渚は古めかしい扉を勢いよく開けて外へと飛び出した。外は本当にまだ暗く、星が1つか2つ、遠くで瞬いていた。家まで止まらずに走る。途中、開かずの踏切だった場所を通った時に、次にあいつに会ったらここのことを聞いてやろうと思っていたことを、渚は思い出した。
黒い影になった建物たちの中に、見覚えのある大きな四角い陰が顔を出す。渚は家の玄関の前で、ぜぇぜぇと音を立てる体を落ち着かせてから、父を起こさないように静かに扉を開けた。
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