こちらが四辻御堂です⑨
前回までのお話→母が生きているという事実を知らされて、今まで蓋をしていた感情が一気に溢れた渚。過呼吸を起こし、気がつくと四辻御堂ではない場所で見知らぬ女性と向き合っていた。
「え、お母さんが……?」
「澪と同じかそれ以上の力を持つ者の助けがいる。何か大きく禍々しい気配も感じる。すぐに澪の元へ呼び寄せよ」
「そんな、すぐにと言われても」
「まずは澪が生まれ育った家に行くと良い。そこでそなたの憂いの答えも見つかるだろう。そろそろ時間か」
目の前の女性が景色ごとゆらりと歪み、色を薄くして消えていく。渚は目眩に襲われたような気分になってその場でよろめいた。まだ、聞きたいことはたくさんあった。
「待って!」
叫んだ瞬間、目の前に広がるのは先ほどの美しい湖ではなく、どこかの一室だった。焦茶色の木造の壁、小さな棚、そしてベッドがあるだけど簡単な部屋。
渚の体が小刻みに震えている。渚は、それは寒いからだろうと自分の体を抱きしめて、今見たものを必死に考えようとした。しかし、何もまとまらず、どんどん記憶が薄れていく。夢だったのか、幻覚だったのか。言われた言葉だけが頭の中で反響した。
「あ、良かった気がついたんですね! すぐに師匠を呼んできます!」
ドアをノックして顔を出したクロが、手に持っていたタオルを置かずに行ってしまった。渚は袖口で頬を伝う何かを拭う。それはどうやら涙らしかった。拭いても拭いても溢れてくる。
「やぁ、目が覚めたか。気分は……おやおや。うなされていたけど、嫌な夢でも見たのかな?」
スオウがやけに優しく渚に話しかける。スオウの後ろでタオルをギュッと握ったクロが、心配そうに渚を見つめていた。
スオウの声を聞いたら溢れていた涙もすっと止まり、体の震えも治まった。癪だったが、自分は今安心したのだと、渚は気づいた。それをスオウに気取られないよう話題を変える。
「私……どうしてここで?」
「話の途中で、過呼吸を起こして、そのあと泣き疲れて寝てしまったんだよ。無理もない。もっとあっしが上手く話せれば良かったんだが……」
「ううん。私……ごめんさない」
「何も謝ることなんかないさ。むしろ澪さんの為とは言え、何も知らなかったあんたをこうして引っ張り込んじまったんだ。謝るのはこっちの方だ」
「いいの、むしろお母さんのことを知れて嬉しい。そっか……お母さん生きてたんだ……良かった……」
死んだと思っていた母が生きていると知って、渚の心が高鳴る。しかし本当の意味では喜べないことを渚はわかっていた。スオウに言われたことと夢の中で会った女性が言ったことを信じれば、渚の母は今、酷く恐ろしい状況にあるはずだった。
夢の中で会った女性をどこかで見た気がした渚は、必死にその顔を思い出そうとした。しかしすでに、女性の姿は霞のような記憶になって消えかけていた。
「あまり芳しくない状況ではあるけれど、生きていることは確かだ。あっしの仲間たちが最大限の力で澪さんを守っているからね」
「そうなんだ。ねぇ、お母さんは今どこにいるの?」
「アヤカシ族の世界で、ある宝具を巨大な結界を張って守ってくれている。もう何年になるか……ひとときも休まずに」
「そんな! そんなことしたらお母さんは!」
「そうだ。もう澪さんの体は限界だ。むしろ何年も体がもっていることが不思議なくらいだ。あっしらは1日でも早く狐どもをなんとかしようとしたんだが、あいつらを扇動している狐面の力が強くて……」
「……その狐面、何者なの?」
「狐面については何も素性がわからない。ある日突然現れて、狐たちをまとめ上げ、弱っていた妖力を増幅させてやったそうだ。お陰でこちら側のアヤカシたちは赤子同然。澪さんが宝具を守ってくれていなかったら、今頃世界は滅びていたかもってやつだ」
「酷い……ねぇ、そもそもなんだけど、なんで私が必要なの? だって私、何も知らないし、結界とか張れないし……そんな私がお母さんの助けになるの?」
「澪さんの力はそりゃあ強い。元々は攻撃系の術だって得意だ。それでも守りに徹してるのは、それだけ狐たちが強すぎるということでもある」
「お母さん……思ったより怖い人?」
「あっしらの中では、絶対怒らせちゃいけねぇって有名だったなぁ」
「そ、そうなんだ……」
知らなかった母の本当の姿を聞かされ続けて、もう渚の思考も疑心も止まっていた。スオウの話を素直に聞き入れる。
「だから最初は、これでなんとかなるとみんなが思った。でも澪さんもあっしらも甘かった」
「そんなに、狐たちが強かったんだ」
「澪さんと同じように力のある者の手助けが必要だと判断するくらいにはな。あっしらは、澪さんの一族に協力してもらおうと、澪さんに話した。澪さんの説得にはだいぶ苦労したよ」
「お母さんからすれば絶対関わりたくないもんね」
「そういうこと。でも状況が状況だし、このままだとあんたにも危険が及ぶかもしれない。そう澪さんは判断した」
「え、なんで?」
「力ある者、血を継ぐ者は目立つってことさ。実際、あっしもこうしてあんたを探し出せたし。だから、あんたを実家へ連れて行って保護してもらうって条件で承諾してもらった」
「え、保護……してくれるかな?」
「一族からすれば大事な後継者だ。今あいつらが喉から手が出るほど欲しいのが、あんたなんだ。だから手厚くもてなしてくれるはずさ」
「そう、なんだ」
言いようのない不安と、一族に対する嫌悪感が、渚の中で首をもたげる。スオウの話を聞いてからでは、そう簡単に一族の人たちを信用していいとは思えなかった。何かが、渚の中で引っ掛かる。
※来週から、小説の投稿時間を22時頃から20時頃に変更します。
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