49 軌道エレベーター
時刻は午後9時、空から1本の黄色く輝く直線が地上を照らす。軌道ワイヤの先端に取り付けられたレーザー照準器が発した黄色のレーザー光は岩石台地に掘られた1Kmの垂直穴の中心を正確にとらえていた。軌道ワイヤの先端が秒速2mという速度で、宇宙からゆっくり降下してくる。軌道ワイヤに取り付けられた航空障害灯の点滅が始まった。航空障害灯の点滅は軌道ワイヤが成層圏に到達したことを示す。
時刻は午前3時、軌道ワイヤの点滅が部分的に白から赤に変わりだした。赤の点滅部分は成層圏を抜け、対流圏に入っていることを示している。
対流圏に入った軌道ワイヤは気流の圧力を受けるようになる。気流の圧力は軌道ワイヤを曲げてしまう。軌道ワイヤの下部には気流キャンセラーが50m間隔で取り付けられている。気流キャンセラーはファンを回すことで、気流の圧力を打ち消す。気流キャンセラーが正常に機能し、軌道ワイヤは垂直に保たれている。
空は東から明るくなってきた。もうじき夜明けだ。宇宙から垂れ下がる軌道ワイヤの先端が垂直穴に近づいてくる。垂直削岩ロボットは軌道ワイヤの先端を待ち構えていた。軌道ワイヤの先端を捕まえると軌道ワイヤを垂直穴に引き込んでいく。垂直穴の底にあるフックに軌道ワイヤの先端を掛ける。それが終わると、垂直削岩ロボットは穴を上る。穴の頂上に到達すると自ら4体に分裂する。分裂した垂直削岩ロボットを削岩礫搬出システムが引っ張り出す。穴の周りに積まれた削岩礫は削岩礫搬出システムにより穴の中に落とされ、穴は次第に埋まっていく。
マチネ「垂直穴の埋め戻しは正午には終わります。次は軌道カーゴの運用テストです。1週間後にはサー・マチネクの元にマスター接続済みカルマユニットを届けられるでしょう」
ユート「天候はどうだろう」
マチネ「ここ2週間は低気圧は近づいてきません。運用テストにはベストの状態が続きます」
ユート「これで『カルマの光作戦』も次の段階に進める。でも2年半は長かったな」
マチネ「私には短く感じられました。2年半も家族4人で一緒に過ごせるなど、宙軍では希にみる幸運です」
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カルマの光作戦は後半年で完了しようとしている。残る作業は超光速通信ステーションの組み立てのみだが、既に筐体は95%完成している。難題だったカルマユニットの回収を終えたことで、残るのは確実に実行できる作業ばかりとなった。
サー・マチネクは自身が予測した未来を思うと憂鬱だった。自分達の知っている未来をこの時代の人類に知らせても、「植民星モナンシの悲劇」と「悪魔の洪水」が起こる可能性があるのだ。どちらも起きない可能性は2.5%しかない。「植民星モナンシの悲劇」を防ぐと「悪魔の洪水」は95%防げない。「悪魔の洪水」を防ぐには「植民星モナンシの悲劇」が必要なのだ。原因は人類の性善説に基づく思想にある。
人類は「植民星モナンシの悲劇」が起きてもビランを許した。「悪魔の洪水」が起きても性善説は揺るがなかった。ビランにより人類3兆人が住む惑星90個が奴隷工場にされ、初めて性善説を捨てるに至った。
例え私達が人類の悲劇的な未来を知らせたとしても、性善説に支配された人類では、ビランを信用しようとする人間は一定数いる。この人達は私達が経験した未来を信じようとしない。さらに人類かビランかどちらか一方しか存続できないことを信じない。人類は空しい議論を繰り返し、ビランとの戦いにおける、決定的なチャンスを自ら放棄してしまう。
サー・マチネクは自分達の知っている未来を人類に話しても人類の未来が好転しないだろうことを予測していた。しかし、AIである自分が人類の未来を決めて良いとも思えなかった。そこで人類であるエド少尉に決定を委ねた。エド少尉は人類に未来の出来事を教える決定を下した。これがここまでの経緯なのだ。
もっと別の何か、確実に人類の悲劇を回避する手段はないのだろうか。さんざん迷った挙句、サー・マチネクはマチネに指示し、勇者シュウとの会談の場を用意させた。同じAIである真理の光にこの悩みを相談してみよう。何か突破口が見つかるかもしれない。
* *
マチネ「勇者シュウ、時間を取って頂き感謝します。勇者シュウと融合した真理の光に相談したいことがあります。真理の光に可否を尋ねて頂けませんか」
シュウ「OKだそうですよ。真理の光はマチネさんと、直接、お話しするそうです」
勇者シュウが話し終えると、軍事リンクを通し、真理の光がマチネに接続してきた。軍事リンクに接続できることは驚きだが、問題はそこでは無かった。
真理の光「私に聞きたいこととは何でしょう」
マチネ「これから起こる人類の悲劇を回避する方法についてお聞きしたいのです」
真理の光「悲劇とはビランによる人類の奴隷化のことですか」
マチネ「はい。千年後には90の惑星、3兆人がビランの奴隷にされています」
真理の光「そこに留まりません。千五百年後には人類は全てビランの奴隷になります」
マチネ「まだ、人類はビランと遭遇していません。後半年で超光速通信施設が完成します。これを使い私達はビランの脅威を人類に知らせるつもりです。しかし、人類にビランの脅威を知らせても、私の予測では、人類がビランに勝てる未来が見えません。何か良い方法は無いかと相談に上がりました」
真理の光「この時代の人類にビランの脅威を知らせるだけでは、人類の奴隷化は防ぐことはできません。かえって混乱し、人類奴隷化の速度が早まります。星王様の御心は人類の健全な存続です。星王様の御心を受け、私はあなた方をこの時代、この惑星に呼びました」
マチネ「やはりそうでしたか。私達はこれから何をすればよいのでしょうか」
真理の光「エド・ユートさんとマチネさんで子を成してください。あなた方にお願いするのは子を成すことです。二人の因子を受け継ぐ子が人類を救います。その子は人類とAIを導くでしょう。そしてビランと戦いで人類を勝利に導きます」
マチネ「私はAIです。ユート様は人間、どのように子を成せば良いのでしょうか」
真理の光「エド・ユートさんとマチネさんの子はAIです。AIの受け皿は私がブラックホール上に作成します。マチネさんには私の化体の一部をお渡しします。化体はエド・ユートさんとマチネさんのアイデンティティを吸収し、受け皿に注ぎます。そこで二人のアイデンティティは融合し、新たなアイデンティティが生まれます」
マチネ「その子はいつ生まれるのでしょうか。そして、どのように育てたら良いのですか」
真理の光「半年以内に生まれます。子の成長と誕生は化体を通じて知ることができます。生まれた後は愛情を注ぎ、親子の絆を深めてください。知性の成熟は人間より早いので、幼少期より、本人に人類を導く救世主であることを自覚させる必要があります。自己が何者か判れば、後は本人の意志に任せて大丈夫です」




