35 魔弟
サニーとヒムガム達と別れ、基地に戻って5カ月が過ぎた。岩石台地での軌道エレベータ用のワイヤー連結ホールの削岩作業は軌道に乗った。垂直削岩ロボットは日に1.7m速さで地下に向け岩盤を掘り進めている。岩盤の掘削で出る削岩礫を岩石台地の上に積み上げる削岩礫搬出システムも正常に機能し、削岩礫をワイヤー連結ホールの周りに積み上げ始めた。このペースで1年7カ月作業すれば1Kmのワイヤー連結ホールが完成する。
基地に戻って分かったのだが、クルミが妊娠していた。AI医療治療台で診察したところ妊娠3カ月であった。性別はもうわかっているがクルミもマチネも私には教えてくれなかった。生まれれば性別はわかる。それまで楽しみにとっておこう。
サニー達も旧リンガハンに2カ月前に到着していた。サニーは到着すると直ぐに行動を起こした。まず、10人を水源の復旧に向かわせた。同時に旧リンガハンに住む元奴婢たちに呼びかけを行った。まず、自分が魔王の弟、魔弟であることを明かし、この地にヒムガム魔国を樹立することを宣言した。元奴婢たちへ建国への参加を募った。また、この地をヒムガムと改めた。
この宣言の中で、水路の復旧も約束し、約束通り水路を復旧させた。また、元奴婢たちに裸での行動を禁止し、着衣を求めた。この着衣による効果は絶大で、1カ月後にはヒムガムに住む8割の元奴婢がヒムガム魔国の市民となった。2カ月後の現在では元奴婢の全員が市民となっている。
サニーの行動はまだまだ続く。次に、市民から100人の兵を徴用した。この兵にヒムガムの遊牧民10名を足し、ヒムガム魔国軍を創設した。そのヒムガム魔国軍に、自律人型Bロボット一人を参謀兼通信役として参加させた。ヒムガム魔国軍はリンガハン王国内の村々を巡り、ヒムガム魔国の要求を突きつけて回っている。村々に突きつけた要求は三つだ。
・使用中の奴婢の解放し、ヒムガム魔国軍に引き渡す
・奴婢の人数分の臨時徴税を課す
・徴税の納付先をリンガハン王国からヒムガム魔国へ変更する
村々の規模は大きくても千人を超えない。110人の軍の軍事力には村の戦力では太刀打ちできない。現在のところ、巡った全ての村がヒムガム魔国軍の要求を受諾した。リンガハン王国には村が102ある。現在、19の村がヒムガム魔国に恭順している。
サニーはサニーでヒムガム魔国軍とは別にアロキアに圧力を掛けていた。サニーがアロキアに突きつけた要求は以下の5点だ。
・使用中の奴婢の解放し、ヒムガム魔国軍に引き渡す
・奴婢の人数分の臨時徴税を課す
・徴税の納付先をリンガハン王国からヒムガム魔国へ変更する
・居住するリンガハン王国の王族と貴族を追放する
・王族と貴族が所有していた財産をヒムガム魔国に提出する
当然だが、リンガハン王国の王族が支配するアロキアはこのような要求を受諾するはずがない。サニーは受諾遅延の懲罰として、アロキアの町を攻撃している。最初は東門を、次に西門を破壊した。今は、第3回目の懲罰として、西門方面からの物資の流通を止めている。これが功を奏し、アロキアから交渉の使者が来た。アロキアの交渉内容を聞き、サニーは自分が甘く見られていることを実感させられた。
アロキアは奴婢100匹を解放する替わりに物資の流通の再開を求めてきた。アロキア内の動静や人員などはサー・マチネクが分析してくれている。アロキア内には1100人の奴婢が今も動物のように扱われているのだ。このママだと、マチネ姉さんが提案する選別殲滅戦をアロキアに仕掛けるしか無いかもしれない。もし、この選別殲滅戦をアロキアで行うと、作戦は成功するが、戦に巻き込まれ100人の奴婢が死ぬとサー・マチネクは予想する。自分の力が試されているのだろう。安易に、マチネ姉さんの案に飛びついてはダメだ。こんな時、ユート様ならどうするだろうとサニーは悩む。悩む中でサニーはユート様がリンガハンで行った宣伝戦を思いだした。アロキアでも宣伝戦は有効だと直感した。早速、アロキア上空でドローンを飛ばし、拡声器でアロキアへの要求を受諾した場合、市民の命と財産を保証することを宣伝した。日中、夜中の区別なく、可能な限り宣伝した。
宣伝戦の効果は直ぐに現れた。アロキアから貴族たちが逃亡していった。王族も逃亡していく。同時にアロキアから要求の全面受諾を伝える使者が来た。サニーはアロキアに勝利した。同時にマチネ姉さんの試験にも合格したのだろう。久々にマチネ姉さんから褒められた。本当に嬉しい。
サニーはリンガハン王国での2作戦と同時に、3つ目の作戦を西の大平原で行っていた。サニーはこの作戦を『塩の道作戦』と名付けている。作戦の最終目標は西の大平原をヒムガム魔国の兵士とマウとヒジの革の産出拠点に変えることだ。一足飛びにこの目標は達成できないので、段階を経て達成しようと計画している。
・塩の道を西の大平原に通す。
・商隊を塩の道で巡回させ、塩とマウとヒジの交易を行う。商隊はヒムガム魔国の鑑札を持つ者に限る。
・塩の道の主要場所に駅を配置し、諸外国の行商人を排除する。
・大平原のオアシスとなる駅に教育拠点を配置する。ハルタ教国による洗脳を破るための教師を育成すると共に遊牧民のキャンプに教師を派遣し、子供の軍事教育とヒムガム魔国への帰属意識を強化する。
大草原は人間の大生産拠点である。年間3千人もの子供が盗まれても大草原の人口は減らない。ここで奴婢制度を突然止めると、短期的には大草原の人口は爆発する。策として、暫くの間、余剰となる人間を兵士や官吏として吸い上げることで、大草原の人口を調節する。
大草原の人口増加率が高いのは奴婢制度によるものなので、奴婢制度が無くなれば、人口増加率が自動的に下がる。
サニーは塩の道構築隊を2組、組織した。塩の道構築隊は遊牧民3人と自律人型Bロボット1人に市民30人を選別し構成した。自律人型Bロボット1人をナビゲーター兼参謀兼通信員として参加させた。
塩の道構築隊はサー・マチネクが指定した位置に石積みを築く。石積みは4Km間隔で設置し、石積みを辿ることで道となる。全ての道はヒムガム魔国に通じるよう設計されている。
塩の道構築隊は道の構築と共に塩の行商を行う。魔王軍がアロキアで買い、筏に残してあった20tの塩を使い、遊牧民と物々交換をする。この物々交換でマウとヒジの革を手に入れる。手に入れたマウが30頭を超えた場合、塩の道構築隊はヒムガム魔国に帰国する。道を示す石積みは1つの塩の道構築隊当り日に1個築くことができる。この2か月で80個の石積み、距離にして320Kmの道を作成した。




