34 落ち人
遊牧民の移動準備は想像以上に速かった。3日間でキャンプの全ての家屋を畳み、部材とした。これで出発の準備ができた。ただ、ヒムガムはマウの頭数が少なく、部材を全てマウに積むと。マウの数が足りず徒歩で移動しなければならない。移動ドローンで引く荷台に空があるので、一部家屋の部材を荷台で運ぶことにした。
サー・マチネクが計算してくれたコース通りに進めば、水不足や、他の部族と鉢合わせで揉めることがない。今日から200日の旅が始まる。一日に平均25Kmを進む。4日前進、1日休養のペースで新たなヒムガムの放牧地を目指す。
移動の途中、族長を移動ドローンに招待し、『英知の使徒』の顛末を聞くことにした。
族長「私はこの世界の住人ではありません。地球という世界で私は生まれました。地球での名前はスズキ・クミコでした。私が12歳になった夏のある日、学校帰りに3人組の男に拉致されました。車に乗せられ、港からボートに乗せられ、海に連れ出されました。途中、犯人が私の体を弄ぼうとしたため、私は逃げましたが、ボートは狭く、逃げ場がありません。追い詰められた私は海に飛び込みました。そしてそのまま気を失ったようです。私は気が付くと、この世界にいました。水も食料もなく死にそうになっているところをヒムガムの民に助けられました。この過酷な世界で、最初に出会ったのが、ヒムガムとは幸運でした。ヒムガムは死にそうな私を癒し、水と食料をくれました。言葉の解らない私に言葉を教えてくれました。私は遊牧民としての知恵を1つ1つ教わりました。身寄りのない私を娘として育ててくれる家族もできました。私のように異世界からこの世界に迷い込む人間は昔からいたようです。そういう人間を遊牧民は『落ち人』と呼びます。私はその『落ち人』でした。
遊牧民として生きるには、女でもマウに乗れないと生活できませんが、私はなかなか乗れませんでした。それでも私なりに精一杯頑張りました。ですが並足までが限界でした。
マウに乗れず困っていた時、『あぶみ』という器具のことを思い出しました。私の元いた世界では動物に乗るとき、『あぶみ』という器具を使います。私は『あぶみ』を見たこともありませんでしたが、その機能は知っていました。養父に相談すると、養父は木と革で『あぶみ』らしき物を作ってくれました。
養父は『あぶみ』を知りません。私の話す機能から作ったので最初は役に立たない物でした。しかし、何回か改良すると、だんだん良いものになりました。お陰で、私はマウに乗れるようになりました。最初に乗れた時は一人前のヒムガムの女になったように感じ、とても嬉しかったことを覚えています。
暫くすると、当時の族長が養父をたずねてきました。族長は『あぶみ』の説明を求め、さらに自分でも『あぶみ』を試しました。これをキッカケに、1年も立たないうちにヒムガムでは『あぶみ』の無い鞍は見かけなくなりました。族長は私に『英知の使徒』の称号を送って下さいました。これが顛末です」
サニー「サクラからプレゼントされたから僕のマウにも取り付けた。『あぶみ』は本当に素晴らしい発明だよ。マウを自分の足のように扱える、それに全く疲れない。立つこともできる。駆け足の速さなどトンデモないよ。母さんが持ち込んだとは知らなかった」
私「『あぶみ』は他の部族には伝えなかったのでしょうか」
族長「私たちヒムガムは他部族から嫌われています。他部族との交流はありませんでした。ただ、エリコとは交流があり、『あぶみ』は伝えていたはずです。エリコは滅んでしまいましたが」
私「族長の元の世界はどの様な世界ですか」
族長「この世界と変わらないと思います。朝、日が昇り、日が落ち、夜が来る。夜空には星がきらめいていました」
私「人は星の世界まで行っていましたか」
族長「月まで人は行きました。その先には行っていません」
私「人に似た動物はいましたか」
族長「おサルさん達ですね。子供の頃は動物園、動物園は動物を飼って、見せる場所ですが、そこに行った思い出があります」
私「ありがとうございます。興味深いお話でした」
族長の世界も人類種の世界で間違いないだろう。だとすれば9番目の人類種の世界。9番目の人類種の世界は惑星サランとつながっているのだろうか。落ち人とは何なのだろう。私たち人類同盟が見つけていない人類種の世界はまだまだあるのだろう。しかしおサルさんか。9番目の人類種の世界は原種の世界なのか。
私たちはヒムガムと共にリンガハンに向け、100日をかけ、行程の半分の距離を移動した。移動した距離は2千Km。たった100日の旅だったが、この間のサニーの成長は著しく、ヒムガムの誰もが認める指導者となっていた。
マチネ「サニー二等兵、貴君を一等兵に昇進させます。同時に士官候補生に認定し、士官教育課程の受講を命令します。士官候補生への認定は、サー・マチネクの特別推薦によるものです」
サニー「お受けします。一等兵の階級に恥じぬよう軍務を全うします」
クルミ「おめでとう。サニー」
マチネ「やはりサクラの功でもあるのでしょう。サニー、サクラにも感謝なさい」
サニー「はい、姉さん達、ありがとう」
私「これから寝る暇がなくなるくらい、忙しくなる。軍務も勉強も大変だろうが、人生でそういう時期は貴重だ。後悔しないように励め」
サニー「ユート様、ヒムガムの件が一段落したら、キャンプに連れて行ってください」
私「約束するよ」
私、マチネ、クルミの3人はヒムガムの移住チームと離れ、軌道エレベータの地上側作成に取り掛かる。サニーは魔王軍としてヒムガムの移動を護衛する。3人で基地まで移動するため、空中A型ドローンをこの地に呼び寄せた。もうドローンに乗り込む時間だが、サニーとはしばらく会えなくなる。名残惜しさは募るばかりだ。
マチネ「名残惜しいですが、時間です」
私たち3人はドローンで基地に帰還する。だが、サー・マチネクは静止軌道上からサニーを見守っている。さらに助けがいるようであれば、C型高機動艦アイエナがサポートに入る。大規模な軍であれば、C型高機動艦アイエナで対応できる。小規模な暴力に対抗するため、自律人型Bロボット3人と自律人型Eロボット2人を空中A型ドローンに乗せ、サニーの元に届けた。空中ドローンも届けたかったが、ドローンの積載量が足りず届けることができなかった。私たちも帰ったら忙しくなるだろう。
私は貨物船物資の無制限の利用権を得ている。これを利用し、サニーにも必要な物資を届けたい。サー・マチネクと重力カーゴ4台分の物資をサニーに届けるよう交渉し、許可の内諾を得ている。ただ、アンパックはマチネしかできないため、マチネに相談した。この問題は簡単に解決した。マチネは自分の作業体を作れるというのだ。作業体とはマチネの分身だ。マチネのAIは脳力が高いため、自分自身と作業体の二体を同時に制御できる。作業体は自律型でないドローンであればいいという。サニーに届ける重力カーゴに人型ドローンを追加することになった。マチネは竜人界の基地と遊牧民部隊の2カ所に同時に存在できるようになる。




