33 英知の使徒
私たちはヒムガムの野営地に着いたが、野営地の中には入れてもらえなかった。仕方がないので、ヒムガムの野営地の真ん前だが、ここで野宿することにした。サニーが提案した内容を審議し、結論を出す時間が必要なのだろう。
マチネ「サニー、今日はよく頑張りました。副脳ログを解析しましたが、完璧な交渉でした」
サニー「マチネ姉さんに褒められるのは初めてです。嬉しい」
クルミ「調子に乗ってはいけませんよ。サニー。こういう時こそ謙虚になりなさい」
サニー「はい。姉さん」
サニーは口うるさい2人の姉にもめげず、すくすくと育っている。サニーのメンタルの強さは本物だ。
今日はサニーが私の対面に座っていた。クルミとマチネと同衾がない日であった。ヒムガムの野営地の光は強くない。星空の観測には支障が無いだろう。今日はサニーと星の話を語り合い寝ることになる。
一夜明け、私たちは族長に呼び出された。キャンプ地の中は静かであった。他のキャンプ地と比べ、子供の数が圧倒的に少なかった。子供の賑やかな声がない分、寂しさを感じさせる。族長のテントに通されたが、ヒムガムの族長は女性であった。
族長「私がヒムガムの族長を努めますクミコです」
私「私が魔王のエド・ユートです」
族長「ベルより、魔王様の提案を聞きました。まず、我らヒムガムでリンガハンに残る元奴婢を指導せよとのこと、真でしょうか」
私「はい、ヒムガムは奴婢狩りに抵抗した唯一の遊牧民、ぜひリンガハンに残る元奴婢を指導して頂きたいのです」
族長「3年前、我が夫が急死したため、妻である私がヒムガムの族長を務めています。女である私では指導者は勤まらないのですが、代わるものがいません。苦肉の策なのです。ヒムガムも指導者を欠いています。指導者無き我が部族がリンガハンに残る元奴婢を指導できるのでしょうか。今年、長女が12歳となり、指導者となる婿を他の部族に求めたのですが、我部族に婿を出す部族は有りませんでした。我らは奴婢狩りと戦う故、奴婢狩りの手先である行商人を受け入れません。他の部族は行商人なくして大草原では生きられないと考えるのでしょう。仕方ない事です。我らは滅亡する運命にあります」
私「この土地の川と土、草は銅という金属の毒に侵されています。このまま、この土地で遊牧を続ければ、指導者うんぬんより早く、人もヒジもマウも死に絶えます」
族長「この土地が毒に侵されているのでしょうか」
私「はい。しかし銅の毒性は強くありません。この土地を離れれば、毒で弱った体も癒えるでしょう」
族長「この土地で放牧を始めてから、人もヒジもマウも減り続けています。草丈も他の牧草地より低く、不吉に思っていましたが、我らにはここより他の放牧地がありません」
私「リンガハンの北に広がる放牧地を提供しましょう。そこに移住してください。歓迎します。指導者の件は放牧地までの旅の時間で考えてはいかがでしょうか」
族長「有難き申し出、皆で検討する時間を頂けませんか」
私「急ぎません、じっくり考えてください」
族長との会見から1カ月が過ぎようというのに、ヒムガムの意見はなかなか決まらなかった。いきなり現れた魔王など信用できるはずはない。最もな話だ。しかし、ヒムガムも自分達が置かれている状況に不安を抱き、救いを求めていた。その両者がせめぎ合い、私からの提案を拒否することも、受け入れることもできないでいた。
時間的な余裕はあまり無かったが、私たちは待つことしかできなかった。私たちは野営地に入れてもらえないのだが、サニーだけは野営地への出入りが許されていた。ヒムガムはサニーを通じて魔王軍の情報を得ようとしている。私たちもサニーを通じてヒムガムの情報が入るので、サニーの行動は両者から黙認されていた。サニーはサニーでヒムガムの子に友達ができたようで、いそいそとヒムガムの元に通っていた。
クルミ「ユート様、サニーの事ですが、すこし心配です」
私「なにかあったのか」
クルミ「ヒムガムの子と仲良くなったようですが、私が聞いても詳しく教えてくれません。サニーは本当に素直で、隠し事をする子ではありません。仲良くなった子の名前も教えてくれません。悪い子と付き合っているかもしれません」
サニーは14歳、思春期真っさかりだ。姉への隠し事など普通のことだ。私がたしなめようとしたが、マチネに先を越された。
マチネ「クルミ、男の子はそういうものです。正しく育っています。私から見てもサニーは良くやっていますよ。心配いりません。時が来たらクルミに話してくれます。急いではいけません。時を待ちなさい」
クルミ「でも、はい。姉さん」
状況が変わったのは一つの慶事からだった。ヒムガムでは、ここ1年、子が生まれていなかったのだが、ある夫婦に子が授かった。夫婦は子をこの土地ではなく、新たな土地で育てることを希望した。このことをキッカケにヒムガムの意見は移住へと大きく傾く。族長から移住受諾の方向で再度の会見を求められた。
族長「魔王様、魔王様から頂いた移住のお誘い、お受けいたします。ただ、我らにはリンガハンまで移動する力がございません」
私「魔王軍が責任をもってリンガハンまで送ります。安心してください」
族長「ありがとうございます。ヒムガムにとってリンガハンは希望の地となるでしょう。外で待つ者たちにこのことを知らせます」
族長の脇に控える老人が深々と礼をし、テントの外に退出していった。暫くすると外から歓声が上がった。
族長「魔王様、1つお願いがございます。我が娘サクラを魔王様の弟君に娶って頂きたい。これをもってヒムガムを魔王軍に一員に加えて頂けませんでしょうか」
私は族長が何を言っているか理解が遅れた。私の弟君、勿論、サニーのことだ。サニーと族長の娘のサクラを結婚させ、魔王と姻戚関係を結び、魔王軍の一員になろうということか。私には判断の基準すらないこの出来事に、どう対処したらいいか判らない。困ってしまい、周りを見渡した。サニーの顔が見えた。とっさに言葉が出た。
私「サニー、意見はあるか」
サニー「はい。族長の案ではヒムガムの名が消えます。ヒムガムの名は残すべきだと考えます。私はヒムガムの名を継ぎます。これからはサニー・ヒムガムと名乗ります。リンガハンの町の名をヒムガムと改めます。そのためには私がサクラの婿となりましょう。その上で魔王軍に加わります」
クルミ「いつまでも子供と思っていましたが、もう自分で自分の行く末を決めることができるようですね。姉としてサニーの意見を支持します」
マチネ「魔王軍にとっても、ヒムガムにとっても良い案だと思います。ユート様」
そうか、良い案なのか。マチネの助け船で救われた。しかし、サニー、お前結婚するんだぞ。本当に良いのか。
私「族長、異論はありますか」
族長「我らヒムガムにとって最上でございます。異論などございません」
クルミ「婚姻の儀はいかがいたしましょう」
マチネ「今は移住を優先します。移住先で落ち着いてから執り行うのが良いでしょう」
族長「はい。我らも移住を優先します」
私「天の『英知の使徒』殿も安心なさるでしょう」
族長「あの、その、『英知の使徒』とは私が族長に嫁ぐ前の呼び名です」
私「え!」




