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また西條視点に戻ります。
あれから久保にされたことは事故だと思って忘れることにした。
毎日顔を合わせることはないし、なんとなく気にしたら負けだと思ったからだ。
同じ局内にいるはずの横川とも会うことがない日々が続いた。
何か用事は…と考えるがそんな簡単に思い浮かぶことも無く、1階下の技術部フロアに居るはずの横川がこんなにも遠んだと思い知らされる。
この前メッセージで『泥酔した時のことを会って謝りたい』と送ったが返信は『大丈夫だから』の一言だった。
もう終わったことにされるとこれ以上は何も言えない。
「詰んだ…のかな…」
あまりネガティブに考える方ではなかったはずだが思わず出た言葉に心がずしっと重くなった。
状況が変わらないまま日々過ぎていったがチャンスは突然訪れた。
出社してすぐに編成部長に呼ばれたのでデスクに向かうと
「西條、明日なんだが今井の代わりに来月の公開生放送の現場の下見に行ってこい」
「私が行っても大丈夫ですか?」
「勉強になるだろう。見てこないといけないポイントは樋口に聞いて教えてもらえ」
今井が行けない理由を聞こうとしたら部長の机の上にある内線が鳴ったので話はそこで終わりになった。
どうやら今井はインフルエンザに罹り数日休むそうだ。
先方の担当者の日程を変更する事は難しいということと、今井の担当番組なので下についてる西條が最適だろうという理由で決まったらしい。
下見には技術部から横川がいくということは事前に今井から聞いていたので今回は心の中で今井に感謝した。
社用車が停めてある地下駐車場に行くと、すでに横川がいた。
やっと話ができると期待していたが現場へ向かう車内で会話は一切なかった。
「当日の現場ミキサーは久保で、今日の下見は現地集合だから」
車に乗り込む時に横川にそう言われ、その後は運転だけに集中してるようだった。
正直、久保には会いたくなかったが仕事ではしょうがない。さすがに他の人がいる前では何も仕掛けてこないだろう。そう自分に言い聞かせた。
「…あの…」
「なんだ?」
「なんでもないです」
横川の声色がいつもと違って冷たいような気がした。
そのせいか、せっかく横川と2人きりで話をするチャンスなのに車内に漂う空気までもが張り詰めているように感じて話しかけられなかった。
それでも何度か話しかけようと口を開くものの、そのまま口をつぐんでしまった。
それを何度か繰り返しているうちに現場となるショッピングモールへ着いた。
今回イベントを行うショッピングモールはショッピング以外に映画館や屋外遊戯施設、巨大フードコート、日帰り温泉など様々な施設を併設しており、この地区では最大級の施設だ。
休日だけでなく平日でも施設利用者数が多く、全国の施設利用者数ランキングでも上位に入る程。
イベントスペースがあるものの、外部イベントはなかなか許可がおりないことでも有名で、今回は営業の粘り勝ちと言う話を聞いた。
公開生放送を行うイベントスペースは商業棟と映画館や日帰り温泉の入っている棟の連結部分にあたり、中央エントランスのすぐ奥にあるため人通りも多く注目度も高い。通りで局も気合が入ってるわけだ。
「遅くなってすみません」
横川と2人でイベントスペースに行くとすでに久保と担当者がいた。
「今回は3周年記念イベントのトップバッターをやらせていただけるとのことで、ありがとうございます。」
「こちらこそよろしくお願いします」
お互い笑顔で挨拶をし、早速下見を始めることにした。
先に技術面での動線確認や回線や電源をどこから引くのかといったの説明をしてもらった。
そのまま2人とは別れ、西條はバックヤードへ案内してもらい控え室の確認や動線確認、ステージまでの距離など確認しないといけないことを順番にチェックしていった。
下見は問題なく終わり、久保も不必要に接触してくるような事はなかった。局へ帰る車中は行きと同じで空気が張り詰めていた。
このままではもうすぐ局へ着いてしまう。そう思った西條は膝の上に置いた両手をギュッと握り締め意を決して口を開いた。
「先輩、少しだけでいいので話をする時間をもらえませんか?」
「……」
少し待っても返事がなかったのでやっぱりダメだったかと俯いた。
「…わかった」
赤信号で車が止まった時に、横川は大きく息を吐いてそう言った。
後日横川の自宅で話をすることになった。
横川に場所と日時の希望を聞かれた時に、なるべくなら人に聞かれたくないと西條が言ったからだ。
「お邪魔します」
横川の家に上がるとリビングに通された。
ソファーに腰を下ろしあたりを見回すと、この前ここへ来た時は酔い潰れて起きたらどこかわからない状態で焦っていたから何も思わなかったが、物が少なくすっきりとした空間で綺麗に整理整頓されてあまり生活感がない。
リビングもL字型のソファーとガラスのローテーブル、壁掛けのテレビがあるぐらいだ。
横川はコートと鞄を仕舞った後、キッチンへ入っていった。
「何か飲むか?飲んだ方が話しやすいだろ。流石にこの前のようになるといけないから酔っ払うような量はダメだけどな」
「じゃあ、缶酎ハイありますか?」
「レモン、パイナップル、マスカット、どれがいい?」
いろんな種類があってびっくりしていると、「陸也が勝手に冷蔵庫に入れておくんだよ」と教えてくれた。
「じゃあ、パイナップルで」
横川は了解と返事をして缶を2本持ってきて缶酎ハイを西條に渡してくれた。
「この前は本当にすみませんでした」
「あの事はもう大丈夫だと言っただろ」
西條がこの前のことを謝ると、同じことを何度も繰り返すな…といった空気を出しながら横川が返事をした。
「どうしても直接会って謝りたかったんです…。それに…」
「それに?」
「…」
謝罪をしたかったのは事実だが、それは横川と話をする口実に過ぎなかった。本当は聞きたいことが別にあったが、いざ聞こうとすると言葉が出てきてくれない。
両手で持った缶酎ハイに視線を落とし、わずかながら逡巡した。
音の無い静かな部屋のせいで、自分の心臓がバクバクと大きな音を立てているのが横川に聞こえていないか心配になり、少しでも落ち着かせようと深呼吸をする。
一瞬目を閉じてから横川の顔を見つめ、意を決して口を開いた。
「先輩のことが好きなんです。でも、久保さんに俺に先輩は無理だと言われました。それはどうしてですか」
遂に言っちゃった…。後悔はないが、何となく不安になり視線を合わせられない。
「はぁ…」
横川は溜息を吐くと、手に持っていた缶ビールをテーブルに置いた。
「この前西條が泥酔した日、寝ぼけてたんだろうな。ベットに寝かせた時に“先輩好き”って言ったんだよ。でも、俺は男女関係なく誰とも付き合うつもりは無いから聞いていないふりをした。それ以前に西条の行動は分かりやすかったから」
「えっ」
「話したかったのはこの事だったんだな。通りで終わった話をずっと引っ張る訳だ。もう気が済んだだろ」
横川はこれ以上話す事はないと話を終わらせ立ち上がった。
分かりやすく態度に出していたが、まさか寝言で告白していたなんて。
あの日の自分を引っ叩いてやりたい…。
最近、横川の態度が以前より冷たく感じたのはそのせいだったんだとわかった。
でも、ここで引き下がったら2人で話す機会はもうないかもしれない。そう思うと無意識に横川の腕を掴んで引き留めていた。
「待ってくださいっ、もう少しだけ…。先輩のことは大学時代から好きだったんです。でも、会えなくなって一旦は諦めたのに局で再会して…。これはチャンスなんじゃないかと…」
急に掴んでいた腕を振り解かれた。
「もういい。帰れ」
横川がこちらを見るはなく、完全に拒絶された瞬間だった。
久保が書きやすいのでもう少し出したかったのですが、あんまり出しすぎてもと思って抑えました…。
そのせいなのか、本編が詰まると久保が主役の別の話を書いて…と現実逃避していました。
もし興味がありましたら後日UPする予定ですのでよろしくお願いします。




