第四十八話『家族』
――ユリアの叫びを聞いた瞬間、修也は思わず顔をしかめた。
ユリアの気持ちは痛いほどに分かる。なぜならユリアの記憶の一部を持っているから。表面上のユリアの気持ちは分からないが、根本的なユリアの気持ちは分かってしまう。
要は、ずっと寂しかったのだ。幼い頃に親から切り離され、そこから十年もの間、薬物投与と魔法実験を繰り返し行われた。その実験の首謀者であるカミュを恨むのは当然のことである。
ユリアの願いは、親と再開すること。だが、その願いはもう叶わない。ユリアは200年前の人間で、その親が生きているはずがないのだ。
「…………」
カミュとユリアの戦いは、激しさを増していっている。その攻撃はこちらにまで届き、修也たちは後退せざるを得なかった。髪の毛が月明かりで照らされ、恐ろしく速く振るっている様は、化け物と言って間違いない。
あの猛攻についていっているカミュもまた化け物だ。200年前に全盛期のユリアを封印しただけのことはある。
迷宮内の壁が壊れて、遂に修也のいる所からも外の景色が見えてくる。先程と変わらない草原だ。外には誰もいない。
「死んで! 死んで! 死んでよ!!」
「僕が死んだら、君は完全に力を取り戻すだろう? それは駄目だ。記憶も取り戻したら取り返しのつかないことになる」
カミュの表情は、まるで自分が被害者だと言うばかりの物だった。自分の実験で結果的にできたものなのだから、自業自得ではないか。
「私は認めない! 絶対にありえない! ここが200年後の世界なんて、そんな事……信じないんだから!」
「それは信じてもらわないと困るな。君に希望を持ってもらうよりもよっぽど良い。さっさと諦めて、また封印されてくれ」
轟音が響き渡った。煙があたりを覆い、二人が戦っている音だけが聞こえてくる。
すぐに視界が晴れて、修也はまた観戦を始めた。
全方向から襲いかかるユリアの髪の毛を、カミュは難なく防御して、反撃した。先程までと同じ流れだが、ユリアの攻撃が徐々にカミュに届き始めている。
二人はその場に留まり、ただ攻撃を続ける。ユリアの精神を揺さぶろうと、カミュはユリアに話しかけた。
「ユリア、いい加減認めたほうがいい。ここは君が生きていた時から200年が経過した世界だ。君の父親、母親、知り合い、その他諸々の君の繋がりは風化している」
「…………」
「完全にキレてるね。手の出しようがないくらいだ。おーい君たち、静観してないで、この状況をどうにかしてくれない?」
遂にカミュの関心がこちらに向いた。その影響でユリアも戦闘を続けながらこちらを警戒し始めているが、この場にいる六人は、黙り込んでいる。
この場でどうにかしようと考えを巡らせているのは、修也から見てリリーだけ。他の四人は、彼らと自分たちとの絶望的な実力差に怖気づいているようだ。
「…………」
修也は考える。どうしたら良いのかを。
ユリアの目的は、家族に会うこと。これは間違いない事実だ。カミュがそう言っていたし、ユリアの記憶の一部を持っている修也の主観なので、間違いない。
世界を滅ぼそうとした。これはなぜなのか。錯乱したのと、カミュ以外の全てに対する八つ当たりか何かだろうか。ユリアの精神状態がどういうものなのかは知らないが、ユリアの言動を聞いていると、どうも正気じゃないように見える。
この場合、ユリアを心変わりさせるような事は何か。一番手っ取り早いのは、家族に会わせること。だがこれは無理だ。どうにもならない。
何度も確認するが、ユリアの両親は200年前の人物だ。普通に考えて生きているはずがない。逆に生きていたは、もうそれは人間ではなく化け物だ。
では、家族に会わせる以外で何かユリアを心変わりさせるような物は何か。何か、何かないか。今まで手に入れたユリアの記憶を思い出せ。
最初の記憶は、ユリアが六歳の頃。井戸水をバケツに汲んで運んでいる所から始まった。父親にバケツを持たれてユリアは苛ついていたのを知っている。
次は、場面が飛んで、ユリアがロクターン公の家の敷地内に入って、捕まったところから始まる。その時に出会ったのは、ユリアの他の四人の実験体、レクス、フラン、ニコラス、エヴァだった。
後は、実験体として連れてこられた十年後に起きた出来事だろうか。この記憶では、ユリアの絶望感をまざまざと見せつけられた上で、父親に言われた言葉によって、精神を病んてしまった事を知ってしまう。
――ユリアについて知っていることはその程度の事でしかない。
「…………」
本当に救いようがない。ユリアの事を救うことができるのは、ユリアの親だけだ。言い換えれば、家族だけ。
家族、家族……。
「……そうか」
それを思いついた瞬間、修也は戦闘を続けているカミュに叫んだ。
「俺は今、そいつの記憶を持ってる! 記憶を返す方法を教えてくれ!」
「……何を馬鹿な事を言っているんだ! 全ての記憶を返すということは、ユリアが世界を滅ぼそうとするということに他ならないんだぞ!」
「今のままでも世界を滅ぼそうとするのは変わらないだろ! ならせめて、記憶の中だけでも親に会わせてやるべきなんじゃねぇのかよ!」
二人の会話を聞いて――ユリアの攻撃が、止まった。
★★★
「あなた今、なんて言ったの?」
ユリアは、謎の人物の発言に驚いていた。この場にいるのは、ただ巻き込まれただけの六人だと、そう思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
質問をした青年は、ユリアの声を聞くと体を少し震わせた後、言った。
「お前の記憶を持ってるって言ったんだ。俺はロクターンの五大迷宮を攻略した七人の内の一人だぜ?」
「……え? 嘘でしょ? サミナの迷宮とコラムの迷宮、ラグスの迷宮にいた三人以外を倒したっていうの? あなたたちが?」
「ああ」
ユリアの視線を受けてもなお、彼は、彼らは震えずにユリアの事を見据えていた。全員が武器を持ち、真っ直ぐにユリアの事を見つめている。
「……記憶の返還方法は、ユリアの記憶を奪った僕のやり方じゃ無理だ。第三者の君からユリアに記憶を返すには――額を合わせるんだ」
「……は?」
彼がそう呟いた途端、ユリアが彼に近づいていった。そのまま彼の近くに降り立つと、彼の額に自分の額を合わせる。少し恥ずかしいが、まあいい。
「そして君、ユリアの記憶を持っている君は、ユリアの記憶の具体的な内容を思い浮かべるんだ」
――その瞬間、ユリアの脳裏にある情景が浮かぶ。
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