第五章 さいごの約束 〈10〉
宙にういたカナエが渚の身体をささえ、渚もあいている左手で〈大黒蟲〉の体からつきでた結界の六角柱へしがみついた。
結界の光が強まって〈大黒蟲〉の全身をしめつけると〈大黒蟲〉からぐたりと力がぬけた。
「ふい~、びっくりしたあ」
(……だから油断できないって云ったろ?)
そう云う渚の心臓もバクバクものだった。
さいしょの地震よりあとはカナエのおかげでほとんど地震らしい地震を経験していなかったが、渚は自分でも知らないうちに地震が前よりもこわくなっていることに気づいておどろいた。
「……渚?」
額にうっすらとあぶら汗をにじませた渚の顔をカナエが心配そうにのぞきこむ。
(なんでもない。大丈夫。それより今のゆれって陸地に……)
「とどいたと思う。たぶん最大震度で4か5」
渚の脳裏に体育館の避難所でシリウスの首にすがりついて地震におびえる坂本さゆりの姿がうかんだ。きっと宝船町や弁天町の人たちも渚とおなじように、ちょっとしたゆれでもこわいにちがいない。
(はやく〈大黒蟲〉を封印しなくちゃ……!)
渚はやっとの思いでしがみついていた結界の六角柱から身をはがすと、しっかりした足どりで〈大黒蟲〉の頭へむかって歩を進めた。
渚はこわがりかもしれない。正直、今だってこわいはずだ。母の死の哀しみや〈大黒蟲〉に対する恐怖をかかえたまま、それでも渚はみんなのために前へ進もうとしていた。
渚はこわがりかもしれない。しかし弱虫ではない。むしろ勇者なのだ。本当の勇者とはこわさを知り、なおかつそれに立ちむかう勇気をもった者のことだ。単なるこわいもの知らずの強さよりはるかに強い。
そして、カナエは気づいていなかったが、渚の勇気のみなもとはカナエだった。カナエがとなりにいるから、渚はこわくても前へ進めるのだ。
なぎさとカナエはふたりで一人前の勇者だった。
9
「……いよいよ最後の難関だね」
渚たちは〈大黒蟲〉の背びれがとだえた頭のうしろに立っていた。
〈大黒蟲〉の大きな背中はここまで上りとなだらかな下りがつづいていたが、ここからサメのようにとがった顔の〈大黒蟲〉の額までは急勾配の下りになる。スキーのジャンプ台に立ったような気分でいささか足がすくむ。
「足元に気をつけて」
(うん)
中腰の渚が宙にうかぶカナエに左手をあずけながら、一歩一歩慎重に〈大黒蟲〉の顔を下りはじめた。
〈大黒蟲〉のうろこはごつごつしているところとすべりやすくなっているところがあるため、足に想像以上の負荷がかかる。ちょっとしか下っていないのに、渚のふくらはぎと太ももはすぐパンパンにはった。
(上りより下りの方がキツイね)
「……渚、きっと明日は筋肉痛だよ」
渚の言葉にカナエが小さく笑うと、ふたりの足元からギイイイイイイ! と歯ぎしりのようなうなり声がひびいた。
(また地震!?)
渚が近くに生えていた結界の六角柱にしがみつくと、ドンッ! と〈大黒蟲〉の体から強い衝撃があった。
先ほどとはくらべものにならないほどの衝撃波で、渚の体が宙にういた。
(うわっ!)
「渚っ!」
カナエがとっさに渚の体をうしろから抱きとめたが、渚の体ごと宙にういていられるほどカナエの神さまの力は強くない。
ふたりは激しくゆれる〈大黒蟲〉の体にたたきつけられ、坂になった頭を転がり落ちた。
(くっ!)
渚がとっさに右手の銅剣を〈大黒蟲〉のうろこへつきさした。
(カナエ、しっかりつかまって!)
腹ばいのまま、両手で銅剣にしがみつく渚が心の中でさけんだ。カナエも渚が背負った防災袋の上から必死で渚の首へしがみつく。
銅剣はガリガリとうろこをけずりながらすべり落ち〈大黒蟲〉の額に光るカギ穴よりも少し下でなんとかとまった。
しかし〈大黒蟲〉のゆれがおさまる気配はない。
ギイイイイイイ! と〈大黒蟲〉が苦しげにうめいた。
結界の光も強まっていたが、結界によって苦しめられているのではなく、自分でコントロールできない、内なる凶暴な力に苦しんでいるかのようだった。
「……〈大黒蟲〉はわざと大地震を起こしたわけじゃなかった!? 自分でもおさえきれない凶暴な力に翻弄されていたんだ! 渚、このコも苦しんでる!」
カナエが少しだけ渚の体をもち上げて〈大黒蟲〉へつきさした銅剣をにぎりしめる渚をかろうじて立たせた。
(……封印すれば〈大黒蟲〉も苦しまずにすむんだね?)
「うん」
(やろう。みんなのために。ぼくらのために)




