第五章 さいごの約束 〈11〉
ふたりの会話に呼応するかのように〈大黒蟲〉をおおう結界が強い光を放った。〈大黒蟲〉のゆれが弱くなる。
渚とカナエは結界からつきでた六角柱に手をかけて〈大黒蟲〉の頭をのぼり、額へ位置するカギ穴の前に立った。
渚はもろ刃の銅剣を逆手にかまえ、両手でにぎりしめると緑色に光るカギ穴へつきさした。
(鎮まれ〈大黒蟲〉!)
銅剣は泥の中へつきさしたみたいにするすると入っていったが、つかから10数cmのところでピタリととまった。
「どうしたの渚?」
(これ以上入らない……!)
カナエも渚と力をあわせて銅剣を根元までさしこもうとするがビクともしない。
「銅剣の神通力が弱まっている!?」
(どうして……!?)
「……さっき〈大黒蟲〉のうろこにつきたてちゃったからだ」
(そんな、ぼくのせいで……!?)
「がんばろう渚! まだダメってきまったわけじゃない!」
(くっそお……!)
渚とカナエが体重をかけてなんとか銅剣を根元までカギ穴へ押しこもうとしていると〈大黒蟲〉の身体の奥からビリビリと細かいゆれがわき上がってきた。
ギャアアアアアアアア!
〈大黒蟲〉の身体から大きなさけびがとどろくと、ふたたび激しいゆれがはじまった。
〈大黒蟲〉の頭がぐらりとゆれて、渚とカナエの身体が宙にういた。銅剣をにぎりしめていなければふっとんでいたところだ。
結界の光もますます強くなるが、ゆれは激しくなるばかりだった。渚とカナエはふり落とされないよう銅剣にしがみついているのがやっとである。
〈大黒蟲〉から発するゆれがまわりの空間をビリビリとゆらしていた。こんな地震エネルギーが解き放たれたら、町は今まで以上の大災害に見舞われるだろう。
ゴオオオオ……と鳴る地ひびきにまじってピシッ! とガラスにヒビの入るような音が聞こえてきた。
見ると〈大黒蟲〉からつきでた結界の六角柱にヒビが入っていた。
「渚! 結界が!」
さすがのカナエも悲鳴を上げた。結界がやぶられてしまえば、渚だって無事ではすまない。
(くっそお! ここまできてぜんぶムダになっちゃうのかよ!)
渚とカナエが激しいゆれにひざをついて耐えながら、体重をかけて銅剣を押しこもうとするが、銅剣は岩にはさまったみたいにピクリともしない。渚は心の中でさけんだ。
(……母ちゃん!)
その時だった。深い深い地の底の天井に満天の星空がすけて見えたかと思うと、大きな光の輪があらわれた。
「……あれは〈おおいなるみなもと〉!?」
カナエの言葉がおわらないうちに、渚とカナエは〈おおいなるみなもと〉からふりそそぐあたたかい光の柱につつみこまれた。
(……みんなで〈大黒蟲〉を封印しましょう)
ふたりの頭の中に女の人の声がひびくと、これまでビクともしなかった銅剣がずぶずぶとカギ穴に吸いこまれていった。
(……母ちゃん!?)
声の主に気づいた渚の目から涙があふれた。母の姿は見えないが、渚は光の柱の中でたしかに母の気配を感じとっていた。それは云いようもないやすらぎと愛に満ちていた。
渚たちのまわりにたくさんの気配が集まってきた。それは渚のクラスメイトや担任の大塚先生、そして渚の知らないたくさんの人のものだった。
声にならない声が、かたちにならない想いが、強くあたたかい波動となって渚とカナエの中へ流れこむ。
渚とカナエが手をあわせてカギ穴へ銅剣のつかを根元まで押しこむと、銅剣を呑みこんだカギ穴が消えた。
それと同時に、結界からつきでたたくさんの六角柱が金色にかがやきだした。
それらがリン……! と鈴のような音をひびかせると、すべての六角柱が一気に〈大黒蟲〉の体へめりこんだ。
〈大黒蟲〉の全身にまとわりつく結界の網も金色にかがやくと、一瞬で〈大黒蟲〉を渚のこぶしほどの小さなかたまりへ圧縮した。
黒い光沢を放つ勾玉のかたちをしたものが〈大黒蟲〉の消えた巨大な空間の中心にふわりとういている。
突然、足場を失った渚とカナエだったが〈おおいなるみなもと〉からふりそそぐ光の柱がふたりをつつみこみ、ゆっくりとあさい海水の張った地面へみちびいた。光の柱が消えると、頭上にかがやいていた星空と〈おおいなるみなもと〉も消えた。
(……封印が成功したんだね)
「うん。〈おおいなるみなもと〉へ還った多くの人のたましいが助けてくれるなんて奇跡だよ。……みんなありがとう」
カナエが暗い地の底で天に向かって祈った。
(母ちゃん。みんな。ありがとう)
渚も手をあわせて祈ると、暗い天井からミシッと不吉な音がした。




