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第五章 さいごの約束 〈9〉

     8



 とびらの奥にはドーム球場のように大きな空間がひろがっていた。しかし、(なぎさ)たちの目にとびこんできたのは、あさく海水の張った空間の中央にうずくまる巨大(きょだい)な怪物の姿(すがた)だった。


(これが……!)


「〈大黒蟲(おおくろむし)〉……!」


 (なぎさ)とカナエははじめて目の当たりにした〈大黒蟲(おおくろむし)〉の大きさと禍々(まがまが)しさに(いき)を呑んだ。


 まるで竜のような印象のおそろしい巨大(きょだい)魚が窮屈(きゅうくつ)そうに体をふたつ折りしていた。昨日(きのう)昼間(ひるま)に見たマグロ漁船(ぎょせん)よりもはるかに大きい。


 サメのようにとがった頭。切れ長のするどい目。全身(ぜんしん)をおおう茶褐色(ちゃかっしょく)のごつごつととがったうろこ。虹色の光沢(こうたく)をした長く大きな()びれや胸びれ。海水に()かったあごの下にもぬめぬめと光る虹色の尾びれがひろがっている。


大黒蟲(おおくろむし)〉の全身は緑色の光る網でおおわれていた。


 網の目から2mほどの細長い六角柱がつきでていて〈大黒蟲(おおくろむし)〉は光るハリネズミのようにも見えた。この光こそ、(かみ)さまたちが〈大黒蟲(おおくろむし)〉へほどこした封印のための結界(けっかい)である。


(カナエ、あそこ!)


大黒蟲(おおくろむし)〉の大きな額に小さなカギ穴のかたちをした緑色の光が見えた。そのカギ穴へ(なぎさ)の手にした銅剣を根元までつきさせば封印は完成する。


「……めんどくさいけど、尾の方から()びれにそって〈大黒蟲(おおくろむし)〉の体を上っていくしかないか」


 カナエがヤレヤレと小さく肩をすくめて()った。(なぎさ)もうなづくとズボンのすそを折ってひざの上へたくし上げた。


 通路は〈大黒蟲(おおくろむし)〉の広場をあさく(ひた)す海水よりも(たか)い位置にあった。巨大(きょだい)な〈大黒蟲(おおくろむし)〉にとってはないに等しい水たまりでも、(なぎさ)のひざ下くらいの深さがある。


「〈大黒蟲(おおくろむし)〉の尻尾(しっぽ)までたいした距離(きょり)じゃないから」


 宙にういたカナエがお気楽に()った。


 通路から〈大黒蟲(おおくろむし)〉の広場の生あたたかい海水に足を(ひた)した(なぎさ)は、岩でできた怪物のたまごの中に足をふみ入れた気がした。


 (なぎさ)が宙にうくカナエをともないながら歩きだすと〈大黒蟲(おおくろむし)〉が赤く血走った(ひとみ)でその動きをゆっくりと追った。


 サメのように大きな口の中からキルキルキルキル……と、かかりそこないのエンジン音みたいな鳴き声がもれる。威嚇(いかく)のつもりであるらしい。


 ふたりは岩のようにごつごつとした〈大黒蟲(おおくろむし)〉の身体を上りはじめた。


大黒蟲(おおくろむし)〉の死角となる()びれのうしろを歩けば〈大黒蟲(おおくろむし)〉の目を気にすることもないが、逆に〈大黒蟲(おおくろむし)〉のようすがわからないのも不安(ふあん)だったので、(なぎさ)たちはあえて〈大黒蟲(おおくろむし)〉の顔が見える方を上った。


 時おり、(なぎさ)()たけをこえるほど大きな〈大黒蟲(おおくろむし)〉の()びれがピクリと動いて、(なぎさ)たちをはらい()とそうとしたが、そのたびに結界(けっかい)が強く光って〈大黒蟲(おおくろむし)〉の動きを封じこめた。


「ね、ちゃんと(かみ)さまたちが守ってくれてるんだよ」


(……(かみ)さまたち?)


 カナエの言葉(ことば)(なぎさ)が首をかしげた。カナエは結界(けっかい)の光る網の目からつきでた六角柱をいとおしそうになでながら()った。


「この柱は〈大黒蟲(おおくろむし)〉を鎮めるための結界(けっかい)になった(かみ)さまたちだから」


結界(けっかい)になった(かみ)さまたち……)


 (なぎさ)は前に自分がカナエに()った言葉(ことば)を思いだして後悔(こうかい)した。


(……たくさんの(かみ)さまが地震(じしん)(しず)めにいって、こんなヒドイことになってるのかよ!? なんだよ! (かみ)さまなんてなんの役にもたたないじゃないか!)


大黒蟲(おおくろむし)〉を(しず)めにいった(かみ)さまたちは役たたずではなかった。自分たちの存在とひきかえに〈大黒蟲(おおくろむし)〉を(しず)めようとしているのだ。


 うつむく(なぎさ)の気もちを察したカナエが明るく強い口調(くちょう)()った。


「……だから、ぜったいに(わたし)たちの手で〈大黒蟲(おおくろむし)〉を封印させなきゃだよ」


(うん)


 (なぎさ)が強くうなづいた。


 何度も結界(けっかい)にしめつけられた〈大黒蟲(おおくろむし)〉はすっかり観念したらしく、目を閉じるとおとなしくなった。


「ようやくあきらめたみたいだね」


(……だといいけど)


 あれだけの災害をひき()こした〈大黒蟲(おおくろむし)〉相手に、(なぎさ)はカナエほど楽観できない。


 ふたりが数10分かけて〈大黒蟲(おおくろむし)〉の背中を半分ほど進んだところで〈大黒蟲(おおくろむし)〉がギュルギュルギュルギュル……と、さっきよりも強くのどの奥で鳴きはじめた。


「なに?」


(……?)


 (なぎさ)とカナエがいぶかしむ間もなく、とつぜん足元の〈大黒蟲(おおくろむし)〉がビリビリとゆれだした。


大黒蟲(おおくろむし)〉のうろこがギシギシときしみながら大きく(なみ)打った。巨大(きょだい)魚の身体は(なぎさ)が小学校で体験した地震(じしん)よりも(はげ)しく上下動して立っていられない。


(なぎさ)!」

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