第五章 さいごの約束 〈8〉
カナエの言葉にカカ神さまがうなづいてつづけた。
「それに今、私たちと言葉をかわすことのできる人があなたしかいないからです、渚。もちろんこのお役目は大変な危険をともないます。しかし、あなたがそれをやらなければ、この地はさらに大きな地震や津波におそわれることでしょう。私はこれ以上多くの生きとし生けるものに、哀しみや苦しみを味わせたくありません」
カカ神さまの言葉に渚もうなづいた。
母を失った哀しみが〈大黒蟲〉への怒りへ転化した。自分のように愛する家族や仲のよい友だちを失ってつらい想いをする人が増えるのはぜったいにイヤだと思った。
(……でも、ご神体がなくなったら、カナエはどうなるの?)
「私? なんともならないよ。私は大地にやどる精霊って云ったでしょ? ご神体がなくなっても〈顕現〉できなくなるだけで、ぜんぜん問題ない」
こともなげに云うカナエだが〈顕現〉できなくなると云うことは、もう二度と人の姿で渚の前にあらわれることはないと云うことだ。
それに気づいた渚が口を開きかけたが、カナエが渚の手をとって決然とした口調で云った。
「渚、やろう! みんなのために。私たちで〈大黒蟲〉を封印しよう!」
赤く泣きはらした瞳でまっすぐ見つめるカナエの意をくんだ渚が、しっかりとうなづきかえした。
(わかった。……カカ神さま、ぼくやります)
「ありがとう渚、そしてカナエ」
渚が銀色の防災袋から、防災頭巾にくるまれたご神体の銅鏡をとりだした。
カカ神さまが銅鏡へ手をかざすと、銅鏡が60cmほどの光かがやくもろ刃の銅剣へと変化した。
「〈大黒蟲〉の額に大きなカギ穴が空いているはずです。そこへこの銅剣を根元までさしこめば封印は完成します」
(わかりました)
防災袋を背負いなおした渚が銅剣をうけとった。金属のなめらかな質感が手に吸いつくようで見た目ほど重くない。
「おもての手水舎から〈大黒蟲〉のところまで通路を開きます。……それと渚」
カカ神さまが渚を手招きすると、渚の両目をふさぐように手をかざした。
「あなたにフクロウの目をさずけます。ご神体の〈顕現〉有効範囲内であれば、闇の中でもふつうにものを見ることができます。……カナエ、ここへ」
今度はカナエを招きよせると、カカ神さまがカナエをやさしく抱きしめた。
「この5日間よくがんばりましたね。あなたはとてもりっぱな〈産土神〉です。トト神さまのほまれです。もっと自信をおもちなさい」
「はい、ありがとうございます。カカ神さま」
カカ神さまのねぎらいにカナエが涙ぐんだ。
「……それではふたりともたのみましたよ」
渚たちの背後で拝殿のとびらが開くと、カカ神さまがふたりをしずかにおくりだした。
7
外はあいかわらず吹雪いていた。ピシピシと顔に当たる雪が冷たい。
(手水舎から通路を開くって云ってたけど……)
渚が手水舎へ顔を向けると、水を張った四角い石桶がゾリゾリとスライドして、その下から地下へとつづく石段があらわれた。
「これだ渚。いこう」
渚は小さくうなづくと、カナエのあとにつづいて、地下への石段を下りた。
渚たちの背後で入口が閉まると、あたりはまっ暗になった。しかし、カカ神さまからフクロウの目をさずけられた渚はつまづくことなく石段を下りていく。
渚がふりかえると、まだそれほど下りていないはずなのに、入口が遠く闇に沈んで見えなくなっていた。
(いつの間にこんなに下りてきたんだろ?)
いぶかしむ渚に前を歩くカナエがこたえた。
「ここはカカ神さまが作った特別な空間だからだよ。私たちは遠い遠い沖の、海よりも深い地の底にいる〈大黒蟲〉のところへいくんだよ。ふつうに歩いていけるわけないじゃん」
(そっか。……じゃあどれくらいかかるのかな?)
「わかんない。さっき、聞いておけばよかったね。あ、渚。もうすぐ石段がおわるよ」
石段の横はばが末広がりになって、まっすぐのびる石づくりの通路へとでた。天井が高く、横はばも渚とカナエがならんで歩いても余裕があるほど広いため、ここが深い地の底であると云う息苦しさは感じなかった。
(これってどこまでつづいてるんだろ? ぜんぜん先が見えない)
「でもきっと私たちが感じるよりも早く遠くまでいけると思う。とにかくゆっくり急ごう」
渚とカナエは手をとりあって、もくもくと歩きつづけた。ひたすら同じような景色がつづくため、渚はもとよりカナエも時間の感覚がわからなくなった。
渚がこのまま永遠に地の底をさまよいつづけるのではないかと不安にとらわれかけた時、ようやく通路の奥に光る石のとびらが見えた。
(とびらだ!)
「いよいよだね」
ふたりははやる気もちをおさえながら、ゆっくりと歩を進め、とびらの前に立った。
(……いくよ、カナエ)
「あ、ちょっと待って」
(……?)
カナエが渚に待ったをかけると、勾玉の首飾りをはずしてまん中から半分にわけた。ひとつを渚の右手首にはめて、もうひとつを自分の右手首にはめる。
「お守りの腕輪。ペアルックだよ。私たちラブラブだね」
(……なに云ってんだよ)
渚がカナエの冗談に照れた。しかし、自分をはげましてくれる気もちがうれしく心強かった。
(いこう)
渚が銅剣をもつ手で光る石のとびらを押すと、石のとびらが音もなく消えた。




