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第五章 さいごの約束 〈7〉

     6



 ()くだけ()いた(なぎさ)はたましいのぬけがらになってしまった気がした。


 (なみだ)といっしょにいろんな感情(かんじょう)(なが)()ちて、体の中が空っぽになっていた。


 心が身体とはなれて暗い(やみ)の底へ()ちてしまい、自分で自分の身体を動かすこともできなかった。


 焦点のさだまらぬ(ひとみ)でぼんやりと虚空を見つめる(なぎさ)心配(しんぱい)したカナエが(なぎさ)の顔をのぞきこむと、カカ(かみ)さまがふたりに声をかけた。


(なぎさ)。カナエ。ふたりとも(わたし)に力を貸してください」


「……カカ(かみ)さま?」


「カナエはすでに気づいていると思いますが〈大黒蟲(おおくろむし)〉がふたたびあばれだそうとしています。大勢(おおぜい)(かみ)さまたちが結界(けっかい)で〈大黒蟲(おおくろむし)〉を封印(ふういん)し、(しず)めようとしていますが、要石(かなめいし)となる最後(さいご)のくさびが足りません。(なぎさ)、あなたの手で〈大黒蟲(おおくろむし)〉の封印(ふういん)を完成させてほしいのです」


「ちょ、ちょっと待ってください! それは(なぎさ)を〈人柱〉にすると()うことですか!?」


 カカ(かみ)さまの言葉(ことば)にカナエが色を(うしな)った。


〈人柱〉とは命とひきかえに災厄(さいやく)(しず)める生けにえのことである。


 カナエは無表情(ひょうじょう)でぼんやりとすわりこんだままの(なぎさ)をかばうように強く抱きしめると、()きながらさけんだ。


「ダメ! (なぎさ)を殺さないで! (わたし)はそんなことのために(なぎさ)をここまでつれてきたんじゃありません! ……カカ(かみ)さまはまちがってます! (わたし)たち〈産土神(うぶすながみ)〉が大勢(おおぜい)の人の命を守るためにだれかを犠牲にするなんておかしいです! (わたし)はもうこれ以上(いじょう)だれにも死んでほしくありません! (わたし)はみんなの命を守りたいんです!」


(……カナエが()いてる? ……()くなよカナエ……)


 (なぎさ)は深い(やみ)の中でカナエの()きさけぶ声をかすかに聞いた気がした。自分の声すら遠くから小さくひびく。自分が(やみ)そのものなのだと思った。


(わたし)がなんとかします! だから(なぎさ)は、(なぎさ)だけは殺さないでください!」


(……やめろってカナエ。……カナエがぼくのために……()くことなんてないんだ……)


 (なぎさ)はさっきよりも少し近くでカナエの()き声を聞いた気がした。


(……まったく……(かみ)さまのくせに……()いてばっかじゃん……)


 (やみ)に溶けていたはずの身体がほのかにあたたかい。(なぎさ)(やみ)の中で自分のりんかくを感じた。


(……()くなよカナエ……約束したろ……ぼくもカナエを守るって……)


 (なぎさ)の顔にぽつりとひとしずくの水滴が()ちてきた。このあたたかさにはおぼえがあった。カナエの(なみだ)だ。


(……そうだ……約束したんだ……ぼくもカナエを守るって……!)


 遠くから聞こえていた自分の声が自分に重なった瞬間、やさしい力が(なぎさ)の背中を(やみ)の上へ上へとぐんぐん押し上げていき……。


 (なぎさ)へすがりついて()くカナエの手に(なぎさ)がやさしく手を重ねた。


「……(なぎさ)?」


()くなよ、カナエ。みっともない)


 目に光のもどった(なぎさ)がカナエに()うと、カカ(かみ)さまがぷっと小さくふきだして笑った。


「……カカ(かみ)さま!?」


 ()きながらねめつけるカナエにカカ(かみ)さまがほほ笑む口元を手にした檜扇(ひおうぎ)でかくした。


「まったく芸術的な早とちりですね。()ちつきなさい、カナエ。(わたし)(なぎさ)を〈人柱〉にするなんて一言も()っていませんよ。あなたの()うとおり、(わたし)たち〈産土神(うぶすながみ)〉が大勢(おおぜい)の人の命を守るためにだれかを犠牲にするなんてありえません」


「え……だって」


「たしかに〈大黒蟲(おおくろむし)〉を封印する要石(かなめいし)として〈人柱〉は最適です。しかし、あなたたちは〈人柱〉の代わりとなるものをもっています」


「……〈人柱〉のかわり?」


「ご神体(しんたい)銅鏡(どうきょう)です」


(え?)


「ああ!」


 (なぎさ)とカナエが(なぎさ)の背負った銀色(ぎんいろ)防災袋(ぼうさいぶくろ)へ目をやった。


「千年もの間、人の(いの)りや思いがそそがれて神性をおびた銅鏡(どうきょう)要石(かなめいし)にすれば〈人柱〉と同じ効力(こうりょく)があらわれるはずです」


「そっか。……さきほどは失礼なことを()ってすいませんでした、カカ(かみ)さま」


 あわてて土下座するカナエに、ほほと笑いながらカカ(かみ)さまがひらひらとをふった。


「よいのですよ。人を思いやる気もちからでた言葉(ことば)です。ちっとも気にはしていません」


 カカ(かみ)さまは視線を(なぎさ)へ移すと()った。


(なぎさ)。あなたに要石(かなめいし)となるご神体(しんたい)で〈大黒蟲(おおくろむし)〉を封印(ふういん)するお役目をおねがいしたいのです」


(どうして、ぼくなんですか?)


 (なぎさ)の問いにカナエがこたえた。


(わたし)たち〈産土神(うぶすながみ)〉は自分の手でご神体(しんたい)を遠くまでもちはこびすることができないの」


顕現(けんげん)〉している(かみ)さまがご神体(しんたい)をもちはこびすることは可能だが、(かみ)さまが〈顕現(けんげん)〉していると()うことは、そばに〈顕現(けんげん)〉をサポートする人間がいなくてはならない。


 ようするに、カナエがご神体(しんたい)で〈大黒蟲(おおくろむし)〉を封印(ふういん)するにしても、(なぎさ)がとなりにいなくてはならないのだ。

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