第四章 夜のふたり組 〈9〉
土蔵の2階へ帰り着くと、外からバキバキビシビシと大きな音がとどろいた。
カナエの神さまの力でゆれをふせいでいた母屋の1階部分がよろめくようにくずれて、2階部分が土蔵と肩をならべるようにぶつかった。土蔵の壁がビリビリとゆれ、月あかりの下で激しい土ぼこりが舞う。
(……家、くずれちゃったんだ?)
「うん。だいぶムリしてゆれをおさえてたから」
クツをぬいでたたみへ腰を下ろした渚が防災袋の中からラジオつき懐中電灯をとりだして、ラジオのスイッチを入れた。シリウスも渚のももにお尻をつけて丸くなる。
「……震源地は福島県沖、マグニチュード6.0。津波警報は解除されておりません。ひきつづき津波には警戒してください。ニュースをくりかえします。午后10時15分ごろ、東北地方で震度5弱を記録する地震が発生しました。各地の震度は……」
(けっこう大きな地震だったんだね)
ラジオのスイッチを切りながら云う渚の前に、目をまっ赤に泣きはらしたカナエがおこった顔ですわりこんだ。
「……渚のバカ。だからやめようって云ったのに。私ホントにこわかったんだから」
(ごめん、カナエ。……でもカナエだって、ノリノリでガラス窓たたいてたじゃん)
「だって大の大人が、うわああああ! とか云っておどろいてるんだもん。おかしくって」
(だろう? 途中まではうまくいってたんだけどなあ)
そう云う渚の瞳から涙がこぼれ落ちた。ホッとしたら、ほおの痛みとさっきの恐怖を思いだした。一歩まちがえば本当に殺されていたかもしれないのだ。
「神さまの云うこと聞かなかったから、バチがあたったんだよ」
おどけた口調で云うカナエの瞳にも涙が光っていた。
(アニキ、ゆうれいだ! だって)
「マジ、あれヤバイって! とか云ってんの」
おどけたふりをして笑うふたりだったが、体の芯がふるえて涙がとまらなかった。そんなふたりを心配してシリウスが頭を上げた。渚がシリウスの頭をやさしくなでて云った。
(ありがとな、助けにきてくれて。おまえ、超カッコよかったよ)
「シリウスが一番たよりになるかもね。ありがとシリウス」
カナエがシリウスの尻尾のつけ根をガシガシかくと、シリウスが気もちよさげに尻尾をふった。
5
渚たちはすぐ床についたが、渚はなかなか寝つけなかった。シリウスは渚とカナエの間にもぐりこんで、サバイバルブランケットの中で丸くなっている。
渚が窓からさしこむ月あかりで黒い陰をつくる天井をぼんやりながめていると、カナエがふいに云った。
「……渚、今、あのドロボウがつかまった」
(そんなの?)
「うん。あのあと別の家をあらしてでてきたところで、アニキって人が〈闇蟲〉にふれて、そのまま倒れて死んじゃった。それを見ておどろいたヤスって人がさわいでるのに気づいたパトロール中のおまわりさんが彼をつかまえた。おまわりさんはヤスがアニキを殺したって思ってる」
(死んじゃったの? ……悪いことはできないんだね)
ドロボウがつかまったのはよい気味だけど、ひとりが死んだと聞かされて、手放しでよろこぶことはできなかった。
「あ、それとね、渚」
(……?)
「あのふたりについてた神さまが、ごめんなさいごめんなさいってずっとあやまってた。きちんと罪をつぐなわせますからって」
(あんなやつらにも神さまってついてるの!?)
語気あらくカナエへふりかえる渚に、カナエは天井へ顔を向けたまま淡々とした口調でこたえた。
「私たち〈産土神〉の使命は生きとし生けるものを祝福し、守護することだから、どんなに悪い人でも見捨てることはぜったいにない」
(でもドロボウじゃん。悪いことしていいのかよ?)
「神さまもドロボウとか悪いことをみとめてるわけじゃない。私だってゆるしたくない。でも、生まれた時から悪い人なんていないし、どんなに悪い人でも反省して心を入れかえるチャンスはある。だから、神さまだけは悪い人でも最後まで見捨てない」
(それならお説教してやればいいのに。どうしてハッキリ云ってやんないの?)
「自分で気づいて学ぶことに意味があるからだよ。渚はだれかに教わったことしかできない人になりたいと思う? だれかに命令されないとなにもできない人になりたいと思う?」
(ううん)
渚は小さくかぶりをふった。
「自分で気づいて学ぶためには、ちゃんと迷ったり悩んだりまちがったり失敗することが大切なんだって。トト神さまが云ってた」
(じゃあ、たとえば、そのためには関係ないだれかを殺したりしてもいいってこと?)
「ちゃんと、って云ったでしょ。とりかえしのつく範囲でならよいってこと。アニキって人はなにも気づかないまま死んじゃった。かわいそうだけど、そう云う人もいる」
(……じゃあ、なんでカナエはぼくの前にあらわれてくれたのかな?)
自分で気づいて学ぶことが重要であれば、カナエが渚を助けていることは矛盾しているはずだ。
「う~ん。それはきっと渚がどうしようもないくらいダメダメだからじゃない?」
(そんなことないよ!)
からかいまじりのカナエの言葉を渚がムキになって否定した。そのようすにカナエがクスリと小さく笑う。
「……私が生まれたばかりで力の弱い神さまだからかも」
こちらがカナエの本心だった。カナエには多くの人々を地震や津波から救えなかった自責の念がある。さっきも渚を危険な目にあわせてしまったばかりだ。
きっとトト神さまがいれば、それもカナエにとって「自分で気づき学ぶため」の試練だとやさしく笑ってはげましてくれただろう。
それでもカナエは神さまとしてまだまだいたらない自分が情けなかった。
(……自信もてよ。カナエはすごい神さまだって。ぼくが保証する)
「ふふ……ダメダメの渚に保証されてもなあ」
(ダメダメじゃないって)
「でも、ありがと渚。元気でた」
カナエが横になったまま渚へふり向くと、銀色のサバイバルブランケットの中から左腕をさしだした。
「渚、忘れないで。私はたいした神さまじゃないけど、いつだって渚のそばで渚をはげましつづけてるってことを。渚がひとりの時もひとりじゃないってことを」
渚もサバイバルブランケットの中から手をだすと、カナエの手をやさしくにぎりしめてこたえた。
(ありがとうカナエ。ぜったい忘れない)




