第四章 夜のふたり組 〈8〉
アニキは渚をにがすまいと懐中電灯で照らしながら、渚へ突進した。
「渚っ!」
渚とはなれていたカナエがあわてた。カナエがくっついていなければ、渚には暗い室内を見ることができない。
まわりが見えない上に、懐中電灯の光で目のくらんだ渚がもたもたしていると、アニキが渚を壁ぎわに追いつめた。
アニキは渚の胸ぐらをつかむと、懐中電灯をにぎっている左手で渚の顔面を容赦なくなぐりつけた。渚の右ほおに熱い痛みが走る。
「なめたマネしてくれるじゃねえか、くそガキ。てめえなんだ!? この家のガキか!?」
渚の顔に懐中電灯のあかりをつきつけながらアニキがどなった。渚は痛みと恐怖で泣きながらふるえていた。
(ちがいます、この家の子じゃないです)
そう云いたくても渚は声がでない。なにも云わない渚に腹を立てたアニキが、ふたたび渚の顔へこぶしをふり上げた。
「やめてっ!」
カナエがアニキの左手にしがみついて、渚をなぐらせまいとしたが、アニキにとって姿の見えないカナエは空気のようなものだ。
たいした抵抗も感じないまま、腕にしがみついたカナエごと渚の顔をなぐった。
「やめて! 渚にひどいことしないで!」
泣きさけぶカナエの声はドロボウたちに聞こえない。身をすくませた渚がくちびるをパクパクと動かしていることに気づいたアニキがドスのきいた声でたずねた。
「おまえ、口がきけねえのか?」
渚にはコクコクと首をたてにふることしかできなかった。アニキが渚を壁にたたきつけて手を放した。
「こいつの仲間とかいたらでてこい! でてこないと、このガキぶち殺すぞ!」
アニキがあたりに大声でどなった。アニキには渚の体が宙にういたり、ガラス窓の鳴ったトリックはわからなかったが(わかるはずもないが)渚ひとりではないと見当をつけていた。
アニキから解放されて壁ぎわへうずくまる渚になにかが近づいてきた。
「ふざけやがって、くそガキが!」
ついさっきまでゆうれいだと腰をぬかしていたヤスだ。ヤスが渚をけろうとした瞬間、ヤスの足に黒い影がかみついた。
「ぎゃああああ!」
足にするどい痛みを感じたヤスがバランスをくずしてうしろへ倒れた。居間のまん中に置かれていた座卓のかどに背中を打ちつけてのたうちまわる。
「ワンワン! ワンワンワン!」
渚をかばうように立ったシリウスが、全身の毛を逆立てて歯ぐきもむきだしに怒りの形相でほえた。カナエの泣きさけぶ声に気づいて駆けつけたのだ。
「犬!?」
アニキが突然あらわれたシリウスに暗闇の中で目を白黒させ、
「痛ってえ! ちくしょう! 犬もガキも殺してやる!」
涙目で上半身を起こしたヤスが、痛む背中をさすりながらわめいた。
「ワン! ワンワン!」
「お願いだからもうやめて! この人たちの神さまもやめさせてよ!」
ドロボウたちには姿の見えないカナエが、両腕を広げてシリウスのとなりに立つと、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらさけんだ。
「渚たちにひどいことしないで!」
カナエの言葉と同時に地の底からビリビリと細かなふるえがわき上がり、大地と家とがきしみながら大きくゆれだした。カナエの神さまの力ではない。余震だ。
「やべえ! ヤス、にげるぞ!」
「アニキ、ガキはどうするんで!? オレたちのことがバレたら……」
「口のきけないガキなんてほっとけ! この家くずれるぞ!」
「ま、ま、待ってくれよ、アニキ!」
アニキが懐中電灯で廊下を照らして玄関へ駆けだすと、ヤスも情けない声をあげながらアニキの尻を追いかけて家からにげ去った。
「渚。大丈夫だからじっとしてて」
カナエが頭をかかえてうずくまる渚とシリウスを抱きよせた。地面がゆれているのは感じられるが、ギシギシと音をたてていた家のゆれはおさまった。今度はカナエの神さまの力である。
大地のゆれがおさまると、渚たちも勝手口から家をでた。




