第四章 夜のふたり組 〈5〉
渚はそれを手にとると、ハダカ電球のともる土蔵の中央に腰を下ろした。ひざの裏ではだしのつま先をはさむようにあぐらをかく。つま先を少しでも寒さから守るためだ。
(いただきます)
渚はパックに入っていたふたつ折りのプラスチックのスプーンで山菜おこわを口にした。乾パンと氷砂糖以外のものを口にするのは1日ぶりだ。
おこわは少し冷たかったけれど、もっちりとやわらかな食感とほのかなしょうゆの塩気がたまらなくおいしかった。
もともと山菜があまり好きではない渚だったが、今は山菜のコリッとした歯ごたえがアクセントになって渚の舌をよろこばせた。
渚はゆっくりと山菜おこわをかみしめながら、こんなにきちんと味わいながら食事をしたことがあったかな? と思った。冷たい山菜おこわにさりげなく感動している自分がおかしかった。
「どったの? なんか楽しいことでも思いだした?」
シリウスに乾パンと水をやりおえたカナエが渚のかたわらへ腰を下ろした。
(ううん。これおいしいなと思って)
「そっか。よかった」
(それよりカナエはホントにおなか空かないの?)
「うん。人の祈りが私たちの力のみなもとだから。愛とかやさしさとか思いやりから生まれるあたたかな光が私たちのエネルギーになるの。だから私は渚やシリウスのそばにいるだけですっごく元気なんだよ」
(そうなんだ。……じゃあ、神社にあったお供えものとかは意味ないの?)
「そんなことないよ。お供えものにだって人の想いはそそがれているし、お供えものにも太陽とか土とか水とか風とか海とかで蓄えられた地球のエネルギーがつまっているから、私たちはそのエネルギーを感謝していただいてる」
(意味はあるんだ)
「そこで私は考えた。海のエネルギーを凝縮したお塩とか、大地のエネルギーを凝縮したお酒とかを〈顕現〉した姿で摂取したらどうなるか?」
(セッシュ?)
カナエが妙にまじめぶった顔つきで云い、渚がそのようすをいぶかしむ。なんだかイヤな予感がする。
「と云うわけで、こんなものを用意してみました。ジャジャーン!」
カナエがうしろ手にかくしていたのは小さな日本酒のビンだった。
(お酒!? そんなもの、どっからもってきたの?)
「渚の防災袋。今朝、神社で荷物を整理している時、奥の方にタオルでくるんでこっそり入れといたんだ」
(なにやってんだよ……)
あきれる渚をよそに、カナエが日本酒の栓を開けると手をあわせて云った。
「いっただっきま~す!」
(ダメだよ、子どもがお酒なんか呑んじゃ!)
「なに云ってんの、渚。私ゃ神さまだよ。人間とはちがうから平気だって」
カナエはひらひらと手をふって渚をいなすと、日本酒のビンに口をつけた。コクンとのどが鳴る。
「く~っ、ぷはーっ! おいっしー! さすがは純米大吟醸生原酒だねっ! ね、ね、渚、渚。〈顕現〉して呑む日本酒、すっごくおいしいよ!」
(知らないよ。て云うか、ホントに大丈夫なの?)
ごきゅごきゅと半分一気に呑みほしたカナエがごきげんな口調で答えた。
「らいりょぶ、らいりょぶ、らいりょ~ぶ。なんか胸の奥がカ~ッと熱くなってこりゃ気もちええりゃ。渚もちょっちどう? 体あったまるれ?」
(カナエ、おまえぜったい酔ってるだろ!? 一瞬で顔まっ赤じゃないか!?)
耳たぶまでまっ赤にそまった顔のカナエが、ろれつのまわらない口調で云いかえした。
「あははは、なに云ってるら。そんなわけあるはずないっしょ? それともなぁに? 渚は私の酒が呑めないっつーわけ?」
(それ、いっつも新年会で酔っぱらったミキオおじさんの云うセリフだって!)
毎年、お正月は親族全員が集まる新年会がもよおされる。ふだんはおとなしい親せきのミキオおじさんが、お酒を呑むとカナエとおなじようなことを云って、まわりの大人たちを困らせていたことを思いだす。
「うっ……ぐすっ。ホントは渚、私のことキライなんでしょ? ……渚、私のことキライなんら。……ふえ~ん!」
(うわっ! 今度はいきなり泣きだしたし!)
わあわあと声を上げて号泣するカナエがのこりの日本酒を一気にラッパ呑みした。
(泣きながらなにしてんだよ!)
「らって、渚が私のことキライって云うから~」
(云ってないし!)
「じゃあ、愛してる?」
(……あ、愛?)
タチの悪い酔っぱらいと化したカナエの極論に渚はたじろいだ。
愛してるなんて歯のうくようなセリフは今まで好きになった女の子にだって云ったことはない。そもそも渚は告白すらしたことがない。
「うぇ~ん! やっぱ渚は私のことキライなんら~」
火のついたように泣きじゃくるカナエに辟易した渚がやけになってこたえた。
(え、えっと、愛してます、愛してますから泣きやんでください、カナエさま)
その言葉が耳にとどいたのか、とつぜんカナエがピタリと動きをとめた。
(……?)
カナエが天をあおぐように、まっすぐ宙にうかび上がると、カナエの全身から目もくらむようなまばゆい光が音もなくはぜた。
「……エネルギー変換完了」
カナエが無感情な顔でささやいた。体がゆっくり下りて、たたみに両足がつくとカナエが我にかえった。
「あれ? 今、私この日本酒呑もうとしてたんだよね? いつの間に呑んじゃったんだろ? 渚、これ私が呑んだんだよね?」
日本酒の空きピンを手にしたカナエが小首をかしげた。
(そうだけど、……カナエ、おぼえてないの?)
「え? なにを?」
(いや、いい)
渚はぐったり肩を落とすと、のこりの山菜おこわにふたたび口をつけた。
「え? ちょっとなに? ねえ、シリウス。私なんかした?」
階段の手すりの陰に身をかくしていたシリウスがおびえるように鼻を鳴らした。




