第四章 夜のふたり組 〈3〉
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「昔の蔵ってスゴイね。とびらが頑丈だから、中もほとんどぬれてないよ」
カナエの言葉に渚が感心してうなづいた。ひしもちみたいに段々のある厚いとびらのおかげで、土蔵の中はまったくと云ってよいほどぬれていなかった。
土蔵のぐるりは大きな棚がしつらえられていて、和金具のついた古めかしいタンスや大小の木箱や柳行李やダンボール箱がつまれていた。
地震のせいで土蔵の中のものは動いたり落ちたりこわれたりしていたが、母屋にくらべると被害は少なく、じゅうぶんに足のふみ場がある。
土蔵のまん中に太いでささえられた木の階段があった。2階へとつづいている。
渚の背後で土蔵のとびらがひとりでに閉まるとガチン! とカギのかかる音がして、土蔵の中はまっ暗になった。
(うわっ!)
階段の上の小さなハダカ電球があえかにともると、黄色いあかりが階段を中心にぼんやりと照らしだした。カナエの神さまの力だ。
「お2階へご案内いたします。お荷物おもちしましょっか?」
カナエが旅館のおかみさんか中居さんみたいな口調でおどけた。
(旅館って云うより、お化け屋敷みたいだけど)
今にも土蔵の奥の暗がりから〈闇蟲〉がとびだしてきそうだ。
「あっはっは。渚はこわがりだもんね」
(そんなことないよ!)
渚はユーレイさながらにふわふわと音もなく階段を上がって行くカナエのあとへつづいた。
傾斜がきついので犬のようによつんばいで階段を上る渚が顔を上げると、カナエの緋ばかまの下から白い足袋とふくらはぎがのぞく。渚はあわてて視線を落とした。足元で1階のあかりがゆっくりと消えた。
(わ、たたみだ!)
土蔵の2階は奥の壁に面した階段スペースこそ板じきだったが、それ以外の床にはたたみがしかれていた。
ぐるりの壁に棚はなく、ぶ厚い壁を切りだしたような窓がふたつずつついていた。
土蔵の入口に面した壁にもひとつだけ窓があり、そこからさしこむ光がほこりくさい室内をぼんやりとうかび上がらせていた。
部屋のすみに大きな桐の箱と柳行李がいくつか置かれていただけで、そうじする手間もない。野宿も覚悟していた渚にとってはじゅうぶんすぎる宿である。
一足先にたたみへ上がっていた秋田犬のシリウスは光のあたるところで、すっかりくつろいでいた。
渚はたたみへ腰を下ろすと板じきへクツをぬいだ。
銀色の防災袋を背中から下ろして立ち上がると、たたみへじんわりと渚の足痕がついた。クツの中までしみた水が渚のクツ下をぬらしていた。
「渚。ぬれたクツ下ぬいで、そこで乾かしておきなよ。足もちゃんとふいた方がよいよ」
カナエが階段のうしろと左右を囲う木の柵を指さして云った。1メートルくらいの高さで落下防止用のものだ。
(うん。そうする)
渚はふたたび腰を下ろすと、ぬれたクツ下をぬいで、階段の柵へひちゃっとかけた。カナエが防災袋の中からタオルをとりだして渚へわたす。
(ありがとう)
渚は自分の足をふいた。少しふやけたつま先は冷たくかじかんで、足のつめと肉の間がジンジンとしびれるように痛かった。
ガレキの町を歩いている時はさほど気にならなかったが、安全な所へ落ちついたら、とたんに痛みが増した気がする。
「大丈夫? ちょっと貸して」
渚とシリウスの夕食用に水でもどせるレトルトの山菜おこわへ水をそそいでいたカナエが渚の足元へすわった。
カナエがタオルを手に渚の右つま先を包みこむと、じんわりあたたかくなった。
(……あったかい)
「ごめんね、こんなことしかできなくて。私がもっと力の強い神さまなら、クツとかクツ下くらいあっと云う間に乾かしちゃうのに」
今度は渚の左つま先をタオルでやさしく包みながらカナエがあやまった。
(カナエはあやまらなくていいって云ったろ? ぜんぜんありがとうだよ。ぼくひとりじゃぜったいここまでこられなかったし、こんな場所も見つけられなかったもん)
渚の言葉にカナエはほおをそめてうつむいた。渚に「ありがとう」と云われると、カナエの胸の奥にあたたかな光がともり、ささやかな力となって身体のすみずみまでいきわたる。
土蔵の中がうす暗いせいか、渚にはよけいにつま先があたたかく感じられた。
(ありがとう。もう足は大丈夫)
「しばらくはそのままタオルでつま先をくるんでおいた方がよいよ。夜になるともっと冷えこむから」
(うん)
渚はうなずくと、いざりながら壁にもたれかかった。
そのようすに気づいたシリウスがとことこ近づくと、横から渚のももに上半身をあずけた。2~3回体を動かして安定するポジションを見つけると、渚のぬくもりをたしかめるかのように密着して気もちよさげに目を閉じた。シリウスの体も湯たんぽみたいにあたたかい。
「あ、よいなシリウス。渚にひざ枕してもらって」
(これってひざ枕なのかな?)
カナエの言葉に渚が苦笑した。
カナエは防災袋の中から銀色のサバイバルブランケットを1枚とりだすと、渚とシリウスをつつみこむようにひろげて、自分もそれにくるまりながら渚のとなりへ腰を下ろした。
「さっき水入れた山菜おこわ、食べられるまで小1時間かかるから、しばらくのんびりしよう。……みんなでくっついてるとあったかいね」
カナエがサバイバルブランケットの中で渚と腕をからめ、小さな頭をこつんと渚の肩へあてた。
あくまで生後4日目の神さまだとわかっていても、同い年くらいのカワイイ女の子の姿でぴったりとひっつかれるのは気恥ずかしい渚だったが、どんどん暗くうす寒くなっていく閑散とした土蔵の中で、シリウスとカナエからつたわるぬくもりはやさしく心強かった。




