第四章 夜のふたり組 〈2〉
カナエの確保したセーフポイントは高台に近い一軒の民家だった。
家の1階部分は津波をかぶったらしく壁が変色していた。庭にはガレキが散乱していたが、家の人は最初の地震のあとでしっかり戸じまりしてから避難したらしい。
雨戸はすべて閉まっていた。玄関とびらも閉まっていたが、なにか重たいものでもぶつかったらしく、まん中がへこんで上下にすきまができていた。
「今日はここへお泊まりしよう!」
(これはムリだろ? て云うか、勝手に入るのも悪いし)
「だいじょぶ、だいじょぶ。この家の人たちは避難所にいるから。それに私たちが泊まるのはこの家じゃなくて、こっち」
カナエがふわりと下り立ったのは家のわきにある小さな土蔵の前であった。土蔵の大きな黒いとびらを軽くたたきながら云った。
「家の中は水と泥でぐちゃぐちゃだもん。2階って手もあるけど、大きな余震で家そのものがくずれる危険性もあるから」
渚は安堵とするとともに小さく落胆した。
本当は夜どおし歩いてでも弁天町の避難所まで行きたかったが、あの〈闇蟲〉の間をぬって歩くのはさすがにムリだと思う。あきらめるほかない。
カナエが渚の肩へ手を置いてやさしく云った。
「渚の気もちはわかる。明日のお昼前までには弁天町へ着けるはずだからがまんして」
カナエの言葉に渚もうなづいた。
「そうだ。あとトイレは外でしてもらうから、今のうちにできそうな場所さがしといて」
(ウソ!? 土蔵の中ってトイレないの?)
「あるわけないじゃん。結界内はご不浄NGだからトイレにも内向きの結界をはっておかなきゃなんだよね。そう云うわけだから、シリウスもトイレの場所決めたら云って」
カナエがシリウスの頭をなでると、シリウスが渚のリードをひっぱった。
渚がシリウスについて行くと、土蔵のわきの植えこみが根こそぎ流された土の上に片足を上げておしっこした。足を下ろすとその体勢のままふんばって、おっきい方もいっしょにすました。うしろ足で軽く土をかける。
「シリウスはそこにしたんだ。それじゃ結界はっとくね」
カナエの言葉にシリウスが尻尾をふって「ワン!」と答えた。
「渚もそこにする?」
(あっちこっちから丸見えじゃんか。イヤだよ)
ムキになって答える渚の剣幕にカナエが笑った。
(ちょっと土蔵の裏とか見てみるよ。シリウス、おいで)
渚がリードを少しひっぱると、シリウスも渚のあとについてきた。
土蔵の裏がわもくずれた塀やガレキが落ちていたが、塀の裏においしげる竹林が屋根のようにおおいかぶさって外から死角になっていた。足場をととのえれば、夜でもなんとか用を足せそうだ。
土蔵とならぶように建てられた母屋のうしろに勝手口がついていた。
(ねえカナエ。トイレだけあそこ借りられないかな?)
「えー、あんましオススメしないけど、一応見てみる?」
渚は母屋へ近づくと勝手口の足元に落ちていた植えこみやガレキの残骸を足ではらいのけた。
カナエが勝手口のノブに手をかけるとカチリと小さな音がしてカギが開いた。
「おじゃましま~す。……うわ。こりゃやっぱひどいな」
勝手口の向こうは台所だった。いきなり行く手をはばむかのように大きな食器棚と冷蔵庫が倒れていた。流しの上の棚のとびらが開いて、食器やら鍋やらいろんなものが泥にまみれて落ちていた。下手をすると外よりも泥でうまっている。
「どうする、渚? 入ってみる?」
宙にうかびながらたずねるカナエに渚がかぶりをふった。
台所の奥へのびる廊下にはふすまが転がっていた。奥まで歩いていけないことはないが、この分だとトイレも泥をかぶってひどいことになっていることは明らかだ。
外で用を足す方が恥ずかしいけど簡単そうだ。
(やっぱいいや。ごめんカナエ。よけいな手間をとらせて)
渚があとずさると、カナエが勝手口を閉めてカギをかけた。
(ここにするよ)
最初の候補地だった土蔵の裏がわを指さして渚が云った。カナエがそこへ小さな結界をはる。
(ちょっと足場をならしていくから、カナエはシリウスと先に土蔵へ入ってて)
渚がシリウスのリードをカナエにあずけた。
「行こっ、シリウス!」
カナエの言葉を背に渚が足元を確認した。くずれた塀のカケラを少し動かしてしゃがめそうな所の足場をかためると、近くにたまたま落ちていた園芸用のシャベルで穴を掘った。
(昨日よりはマシかな?)
渚は塀のすみでおしっこをすると、カナエたちのところへもどった。




