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第39話:境界

 その場に座り込んでいた。


 息はまだ荒い。

 でも、さっきまでとは違う。


 頭が、静かだった。


 抜けたあとの静けさ。


 音が遠い。

 現実が、少し薄い。


 目を開ける。


 赤い点。


 まだある。


 でも――動かない。


 ただ、そこにある。


「……待ってるんか」


 口に出る。


 引っ張られていない。

 流されてもいない。


(……選ばせてる)


 ゆっくり立ち上がる。


 足元が揺れる。

 それでも、歩く。


 どこに向かっているかは分からない。


 でも。


 止まらない。


 気づけば、三輪山に来ていた。


 足が止まる。


 地面を見る。


 一瞬、重なる。


(……ここ)


 前に来た場所。


 澪が立っていた。


 空気が、違う。


 音が吸われる。

 境界みたいな静けさ。


 息を吐く。


(見れば分かる)

(でも壊れる)


(見なければ残る)


 その間。


「……未来って決まってるんか」


 小さく漏れる。


 答えはない。


 代わりに――


 視界の奥。


 同じ場所。

 でも違う動き。


 人の位置が、少しずつズレる。

 選び方が違う。


 結果が、変わる。


 重なっている。


 曖昧なまま。


「……決まってるんやなくて」


 一拍。


「決めにいってるんか」


 言葉が落ちる。


 その瞬間。


 気配が変わる。


 視界の奥に、人影。


 澪。


 はっきりじゃない。

 でも、分かる。


 あのときに近い位置。


 でも――


 今回は、こっちを見ている。


 息が止まる。


「……なんで止めたんや」


 問いが出る。


 澪は、すぐには答えない。


 一拍。


「止めたんやなくて」


 さらに、間。


「止めといてほしかっただけやで」


 押し付けていない。


 選択が残っている。


 大輔は、目を伏せる。


「……分かってる」


 小さく。


 赤い点が、少し強くなる。


 まだ行ける。


 触れれば。

 全部見える。


 その先まで。


 手が、少しだけ動く。


 止まる。


 頭の中に、重なる。


 澪。

 森川。

 組織。


 自分。


 全部。


 息を吐く。


「……見ても終わりや」


 一拍。


「見んでも進める」


 言い切る。


 手を伸ばしかけて――


 止める。


 触れない。


 それだけ。


 赤い点が、わずかに薄くなる。


 消えはしない。


 でも、押してこない。


 澪が、少しだけ笑う。


 そして、消える。


 一人になる。


 風が動く。


 音が戻る。


 遠くの生活音。


 現実。


 大輔は、ゆっくり顔を上げる。


「……これでええんやな」


 誰に言うでもなく。


 歩き出す。


 日常の方へ。


 赤い点は、まだある。


 でも、干渉してこない。


 距離がある。


「決まってるかどうかやなくて」


 一拍。


「どう決めるかやな」


 そのまま、歩き続けた。

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