第38話:過負荷
人気のない場所まで来ていた。
夜か、朝か分からない。
呼吸だけがうるさい。
足を止める。
壁に手をつく。
頭が重い。
少し前まで軽かったはずなのに、戻ってきている。
(……来るな)
視界の端。
赤い点が、にじむように浮かぶ。
消えない。
「……来てる」
抑えていたものが、戻ってきている。
理由は分かる。
無理をした。
切った。
逃げた。
その反動。
目を閉じる。
遮る。
でも――
見える。
暗闇の中でも、断片が流れる。
音も混ざる。
誰かの声。
工具の音。
遠いサイレン。
バラバラのまま、押し込まれてくる。
「……やめろ」
止まらない。
時間が混ざる。
過去と、今と、起きていないはずの動き。
境界が曖昧になる。
足元が揺れる。
吐き気。
視界が傾く。
そのまま、地面に手をつく。
触れる。
その瞬間――
深く入る。
制御が外れる。
映像が、一気に流れ込む。
現場。
知らない室内。
警察のやり取り。
誰かの後ろ姿。
重なる。
同じ場所。
でも違う動き。
同じ人間。
でも選択が違う。
結果が、分岐している。
「……なんやこれ」
視点が増える。
時間が増える。
“可能性”が重なっている。
一瞬、理解に触れる。
「……決まってへん?」
確定していない。
さらに流れ込む。
その中に、混ざる。
澪。
断片。
横顔。
振り向く動き。
目が合う。
(……なんでや)
前と同じ。
でも、違う。
口が動く。
「……やめとき」
一瞬、間。
その奥で、もう一つ重なる。
「……もうええって」
違う。
同じじゃない。
でも、繋がっている。
(……聞こえたんか)
(それとも——思い出しただけか)
背筋が冷える。
怖さが、遅れてくる。
でも同時に。
見えている。
膨大な情報。
繋がり。
答えに近いもの。
手を伸ばせば届く感覚。
「……あと少し」
踏み込む。
その瞬間――
崩れる。
音が割れる。
映像が歪む。
自分の位置が分からなくなる。
どこに立っているのか。
どれが自分なのか。
分からない。
(あかん)
そのとき。
一瞬だけ、鮮明になる。
澪。
「——それ、意味ないで」
止まる。
全部が。
思考も。
動きも。
ぴたりと。
理解まではいかない。
でも、分かる。
(……同じや)
同じことを、繰り返している。
息が抜ける。
力が抜ける。
その場に崩れる。
意識的に、離れる。
見るのをやめる。
追わない。
拾わない。
流れても、乗らない。
少しずつ。
薄くなる。
視界が戻る。
赤い点は、残っている。
でも、弱い。
呼吸が荒い。
それでも、現実がある。
「……全部見ても」
一拍。
「終わるだけや」
言葉にする。
完全じゃない。
まだ捨てきれない。
でも、触れた。
限界と、その先。
ゆっくり立ち上がる。
足元が揺れる。
それでも立つ。
遠くで音。
サイレンか、人の気配か。
現実が戻ってくる。
目を閉じない。
でも、追わない。
「……どこで止まるかやな」
小さく漏らす。
そのまま、歩き出した。




