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第37話:対象

 時間が、抜けていた。

 どれくらい経ったか分からない。


 部屋で、何もせず座ったまま。

 動いていない。


 思考も、あまり進まない。

 止めている。


(……見てへん)


 断片は出る。薄く。

 でも追わない。それだけで、少し静かになる。


 スマホも見ない。

 連絡は来ていない。組織からも、森川も。


(……静かすぎるな)


 これは空白じゃない。間や。

 次の前。


 立ち上がる。外に出る。

 夜。人は少ない。


 あてもなく歩く。


 その途中で、足が止まる。


(……来るな)


 理由はない。でも分かる。


 後ろに気配。複数。

 振り返らない。


 そのまま歩く。速度も変えない。


 気づけば、前にも横にもいる。

 自然に囲まれている。逃げ道はない。


 止まる。ゆっくり振り返る。


 組織の人間。距離が近い。

 温度がない。“処理側”。


 一人が前に出る。


「同行してもらう」


 いつもと同じ言葉。

 でも意味は違う。


「……拒否したら?」


「強制する」


 間はない。これで終わり。


 空気が切り替わる。

 もう戻れない。


(……ここか)


 頭の中で整理される。


 従えば終わる。

 逃げれば続く。


 どっちも軽くない。


「記録に関する認識を消去する」


 少し遅れて意味が入る。


(……消すんか)


「対象に関わる記憶を含む」


 澪。森川。全部。


 消える。


 沈黙が長くなる。


 断片が浮かぶ。


 澪の顔。

「もうええって」


 森川。

「全部やない」


 海田。

「中途半端が一番あかん」


 重なる。


 整理されていく。


(見れば壊れる)

(見なければ守れる)

(でも忘れたら——)


 止まる。


「それで何が残るんですか」


「日常だ」


 迷いがない。

 ブレない。


 大輔は少しだけ笑う。


「……それ、俺ちゃうやろ」


 分かっている。

 それを選んだら終わる。


「せえへん」


 拒否。


 空気が一段落ちる。


「了解」


 感情はない。次に移るだけ。


 距離が詰まる。拘束に入る。


 大輔も動く。逃げではない。

 半歩ずれて、距離を作る。


 視界の端に断片。

 でも使わない。


(……まだや)


 一瞬、視線を感じる。


 横を見る。

 いない。


(……森川)


 気配だけが残る。すぐ消える。


 もう頼れない。


 組織が詰める。距離が縮まる。


 逃げれば使うしかない。

 使えばまた巻き込む。


 その間で止まる。


「……まだや」


 決めない。今は。


 次の瞬間、地面を蹴る。

 横へ抜ける。


 完全な逃走じゃない。離脱。


 組織が追う。

 でも潰しには来ない。距離を保って見ている。


 そのまま距離が開く。


 呼吸が荒くなる。

 少し離れた場所で止まる。


 振り返らない。立ったまま、息を整える。


 夜の空気が冷たい。


「……止まるんか」


 一拍。


「進むんか」


 さらに一拍。


「それとも——」


 言葉が止まる。


 まだ決めていない。

 だから、続いている。


 大輔は、選ばないまま次へ進んでいた。

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