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第36話:測定誤差

 朝。


 妙に静かだった。


 目が覚める。


 頭は――軽い。


(……軽い?)


 起き上がる。


 痛みは、ある。

 でも弱い。


 視界の端。


 断片。


 ほとんど出ていない。


(……止まってる?)


 違う。


 消えたわけじゃない。


 引いているだけ。


 それが分かる。


(……気持ち悪いな)


 準備をして、外に出る。


 現場に向かう。


 いつもの建築現場。


 音。

 人。

 動き。


 全部、いつも通り。


 でも――


 何かが足りない。


 視線を走らせる。


 すぐに気づく。


(……おらん)


 森川がいない。


 いつも立っている位置。


 そこが空いている。


 一瞬、止まる。


 近くの人間に聞く。


「森川は?」


「今日は来てへんで」


 軽い返事。


 それだけ。


 でも。


(……やられたか)


 すぐに分かる。


 胸の奥が、冷たくなる。


 スマホを見る。


 通知は、ない。


 組織からも。


 何も。


(……そっちか)


 連絡がない方が、重い。


 作業に戻る。


 手を動かす。


 でも。


 集中できない。


 昼を過ぎたあたりで。


 震える。


 スマホ。


 短く。


 画面を見る。


「来い」


 それだけ。


 場所は書いていない。


 でも、分かる。


(……やろな)


 現場を抜ける。


 足取りが重い。


 施設へ向かう。


 扉の前。


 一瞬だけ止まる。


 入る。


 空気が違う。


 冷たい。


 通される。


 部屋。


 人数が多い。


 視線が集まる。


 座らされる。


 間もなく、声。


「対象Cの処置を開始した」


 一瞬。


 意味が遅れて入る。


(……森川か)


 顔は動かさない。


 でも、内側が止まる。


「……何したんですか」


 短く聞く。


 声は抑えている。


「監視義務違反」


「情報の選別」


「接触許容」


 淡々と並ぶ。


 全部、記録されている。


「適性不足と判断した」


 一刀で切る。


 感情はない。


「処置内容は?」


 一拍。


「認識の調整」


 それ以上は言わない。


 でも、十分。


(……消す気か)


 言葉にする。


「……消すんですか」


「維持するために必要だ」


 前と同じ答え。


 迷いはない。


 大輔は、少しだけ視線を落とす。


「守っただけやろ」


 小さく言う。


 返ってくる。


「逸脱だ」


 即答。


 揺れない。


 そのまま続く。


「お前の影響だ」


 一瞬、呼吸が止まる。


「対象Cの判断は、お前との接触後に変化している」


 逃げ道が消える。


 言葉が出ない。


 頭の中で、繋がる。


 森川の間。

 言いかけて止めた言葉。

 “全部やない”。


(……俺か)


 静かに落ちる。


 重さだけが残る。


「これ以上続けるなら——」


 言葉が止まる。


 でも分かる。


 増える。


 同じことが。


 別の誰かに。


(……巻き込む)


 はっきりと理解する。


 選択肢が並ぶ。


 見る。

 止める。


 どっちも違う。


 でも。


 どっちも、誰かに出る。


 沈黙。


 少し長く。


 大輔が口を開く。


「……会えますか」


 一瞬だけ、空気が揺れる。


 わずかな間。


「不可」


 短い。


 でも。


 “考えた上での拒否”。


 もう対象。


 それだけ。


 大輔は立ち上がる。


 何も言わない。


 部屋を出る。


 廊下。


 音が遠い。


 外に出る。


 空気が重い。


 壁にもたれる。


 そのまま、座り込む。


 力が抜ける。


 初めて。


 はっきりと形になる。


(……俺がやった)


 直接じゃない。


 でも。


 確実に関わっている。


 視界の奥。


 ふと。


 澪の顔が浮かぶ。


 あの時の言葉。


「もうええって」


 重なる。


(……止めるためやったんか)


 一瞬、そう思う。


 でも。


「……ちゃう」


 すぐに否定する。


 まだ、そこまで行かない。


 理解しきれない。


 ただ。


 苦しさだけが残る。


 視界の端。


 断片が、また出る。


 薄く。


 呼ぶように。


 でも――


 見ない。


 目を逸らす。


 理由は、はっきりしている。


(……巻き込みたない)


 怖さじゃない。


 選択。


 そのまま、座ったまま言う。


「……俺が見た分、誰かが消えるなら」


 一拍。


「その先、何も残らんやろ」


 答えはない。


 ただ。


 静かな空気だけが、残っていた。

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