第35話:衝突
現場が終わる。
工具を片付ける音。
雑談。
笑い声。
いつもの終わり。
でも――
大輔の中だけ、終わっていない。
(……まだ残ってる)
視界の端。
薄く、断片。
消えきらない。
前より、静かに。
でも確実に、そこにある。
(……昨日よりマシやけどな)
軽く息を吐く。
完全じゃない。
でも。
(前より苦しくない)
それが、逆に怖い。
慣れてきている。
現場を出る。
外は少し暗い。
造成途中の空き地。
土がむき出しで、
区画だけが線で引かれている。
人は、いない。
その途中で――
止まる。
(……来てるな)
気配。
振り返る前に、分かる。
車のドアが閉まる音。
複数。
反対側。
もう一つの気配。
軽い。
でも濃い。
「……最悪やな」
小さく漏れる。
振り返る。
組織の人間。
数人。
その中に――
見覚えのある顔。
スーツ。
無駄のない立ち方。
男が一歩出る。
「対象確認」
低い声。
その横で。
手を上げる影。
「どうも」
海田。
場違いな軽さ。
そして。
もう一人。
少し後ろに立つ男。
視線が合う。
一瞬だけ。
「……佐伯はんもいてますがな」
海田が笑う。
その男――佐伯は、表情を変えない。
「その節はどうも」
軽く言う。
意味は説明されない。
でも。
(……繋がってる)
大輔は理解する。
全部、別じゃない。
同じ線の上にある。
空気が張る。
「その個体の確保を行う」
組織が言う。
海田を指す。
「嫌やな」
即答。
間を置かない。
森川が、横に立つ。
少し前に。
庇う位置。
「離れろ」
組織が言う。
大輔に。
でも――
動かない。
どちらにも。
「……どっちも同じや」
静かに言う。
一瞬。
空気が止まる。
「見るな言うて縛るんも」
「見ろ言うて壊すんも」
一拍。
「結局、人を使ってるだけやろ」
沈黙。
海田が笑う。
「ええこと言うやん」
でも、目は笑っていない。
組織は無反応。
「誤認識だ」
短く返す。
次の瞬間。
動く。
組織が前に出る。
制圧の動き。
同時に。
海田も動く。
逃げない。
大輔へ向かう。
森川が反応する。
一歩。
割って入る。
ぶつかる。
押す。
避ける。
止める。
戦いではない。
でも、止まらない流れ。
その中で――
大輔の視界が、崩れる。
重なる。
土の上。
転ぶ影。
違う動き。
同時に、複数。
(……来たな)
頭が軋む。
でも。
(前より、耐えれる)
息を吐く。
荒い。
でも崩れない。
声が重なる。
澪。
海田。
組織。
全部。
「見えるやろ?」
海田の声。
「使えや」
組織の気配。
抑えろ。
止めろ。
制御しろ。
全部、違う方向から来る。
(……ちゃう)
その中で。
大輔は、初めて“自分で”考える。
(どっちも違う)
一瞬。
視界が最大まで広がる。
可能性。
過去。
まだ起きていない動き。
全部、重なる。
その中心で――
決める。
力を込める。
意識を一点に。
そして。
切る。
――ブツン。
音はない。
でも。
全てが消える。
静寂。
完全な。
何も見えない。
何も来ない。
数秒。
誰も動かない。
予想外。
流れが、止まる。
大輔は息を整える。
ゆっくり。
そして。
「……見ん」
低く言う。
海田の表情が、初めて変わる。
「……は?」
組織は、動かない。
観察に変わる。
佐伯の視線だけが、少し鋭くなる。
理解しようとしている。
でも。
まだ分からない。
均衡。
誰も踏み込めない。
「……引く」
組織の一人が言う。
判断。
撤収。
海田は舌打ちもせず、笑う。
「……おもろいな、お前」
本音。
背を向ける。
消える。
土の向こうへ。
静けさが戻る。
森川が、大輔を見る。
言葉が出ない。
理解が追いついていない。
大輔は立っている。
足元はふらつく。
でも、倒れない。
視界は――
何もない。
完全に。
(……静かや)
一歩、踏み出す。
土を踏む音。
それだけが現実。
歩きながら、呟く。
「……選ばんことも、選択や」
誰にも聞かれない声。
でも。
確かに、自分で選んだ。
その事実だけが残る。
暗くなりかけた空の下で。
大輔は、初めて“どこにも属さないまま”立っていた。




