第34話:強制
夜の街は、人がいるのに静かやった。
仕事帰りの流れ。
車の音。
遠くの会話。
いつもと同じはずやのに――
視界の端に、断片が入る。
ちらつく。
消えない。
(……またか)
目を逸らす。
無視する。
でも今回は違う。
映像が、荒い。
ノイズが混ざる。
しかも――
止まる。
自分で触ってへんのに。
勝手に固定される。
「……おかしい」
小さく漏れる。
意識を引く。
切ろうとする。
切れへん。
そのとき。
「久しぶりやな」
背後から声。
体が、わずかに強張る。
振り返る。
海田がいた。
距離が近い。
逃がさん位置。
前よりも、余裕がある。
「……何しに来た」
低く言う。
海田は軽く肩をすくめる。
「ちょっと試したくてな」
そう言って、手元を見せる。
小型の装置。
見覚えのある構造。
(……組織のやつか)
「今回ちょっと細工させてもろた」
軽い口調。
でも。
視界が、急に歪む。
断片が一気に増える。
現実に重なる。
押し込まれるみたいに。
息が詰まる。
「……っ」
頭を押さえる。
止まらない。
流れ込む。
しかも――
混ざってる。
過去だけやない。
少し先みたいな動き。
でも確信が持てへん。
(なんやこれ……)
「今日はちゃんと決めよか」
海田の声。
ゆっくり近づく。
「こっち来るか」
一歩。
「潰されるか」
さらに一歩。
シンプルやのに、逃げ場がない。
「……どっちもちゃう言うてるやろ」
絞り出す。
海田は、笑う。
「それが一番あかんねん」
一拍。
「中途半端なやつが、一番使われる」
言葉が刺さる。
否定できへん。
その瞬間。
装置の出力が上がる。
視界が、弾ける。
映像が雪崩みたいに流れ込む。
人の動き。
物の落下。
視線。
同じ場面が、少しずつズレて重なる。
「見えるやろ?」
海田の声が遠い。
「それ使えや」
囁く。
「金も、情報も、全部取れる」
さらに。
「守りたいもんも守れるで?」
心臓が、強く鳴る。
澪の顔が浮かぶ。
言葉にはしてない。
でも分かる。
“失う前に動ける”
その意味。
「……っ」
膝が折れる。
地面に手をつく。
頭が割れそうや。
境界が消える。
どれが現実か分からん。
(あかん……)
呼吸が乱れる。
「……見たら、終わる」
やっと出た言葉。
海田は、あっさり頷く。
「せやな」
一拍。
「でもな」
少しだけ笑う。
「見んでも終わるで」
静かに、確定させる。
逃げ場が、消える。
選ばされる。
強制的に。
そのとき。
「それ以上やるな」
別の声。
空気が、変わる。
顔を上げる。
少し離れた位置に、森川が立っていた。
動かずに見ていた距離。
目が合う。
迷いがない。
さっきまでとは違う。
“選んだ側”の顔。
「出てくると思ったわ」
海田が笑う。
興味なさげに。
でも視線は外さない。
「それ以上やるな言うてるやろ」
森川の声は低い。
感情は乗せてない。
でも、止めに来ている。
はっきり。
一瞬の沈黙。
街の音が遠くなる。
三人だけが切り取られたみたいに。
海田は肩をすくめる。
「やっぱそっちか」
軽く言う。
そのまま、装置のスイッチを落とす。
途端に――
流れが止まる。
断片が引く。
現実が戻る。
「……っは」
息が戻る。
体が重い。
そのまま膝をついたまま。
海田が振り返る。
大輔を見る。
「また来るで」
確定みたいに言う。
次がある前提。
そのまま、闇の中に消える。
音もなく。
しばらく、何もない。
人の流れだけが戻る。
さっきまでの異常が、嘘みたいに。
大輔は、ゆっくり息を整える。
頭がまだ重い。
でも、崩れてはいない。
足に力を入れる。
立ち上がる。
森川が近づく。
でも、手は出さない。
距離を保ったまま。
「……次は止められん」
短く言う。
警告。
事実として。
大輔は何も返さない。
ただ前を見る。
まだ少しだけ、断片が残っている。
でも――
さっきとは違う。
踏みとどまっている。
「……選ばんとあかんのは分かってる」
小さく呟く。
一拍。
「でも、まだ選ばん」
そのまま歩き出す。
街の中へ。
光の中へ。
でも。
逃げ場は、どこにもなかった。




