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第33話:測る側

 施設を出る。


 夜の空気が、少しだけ軽い。


 でも、抜けない。


 中に残っている。


 歩く。


 足音だけが響く。


(……従う)


 さっき言った言葉。


 口にした瞬間に分かっていた。


(無理やな)


 視線を落とす。


 頭の奥は、まだ動いている。


 止まっていない。


 赤い点の感覚も、消えていない。


 ただ、押さえ込んでいるだけ。


(……止められてるだけか)


 息を吐く。


 長く。


 そのまま歩く。


 車の中。


 エンジンは切ってある。


 静か。


 森川はシートに沈んだまま、スマホの画面を見る。


 通知。


 組織から。


 短い文章。


 大輔の監視強化。

 行動ログの詳細報告。

 接触頻度の制限。


 それだけで、十分だった。


(……見張れ、か)


 分かりやすい。


 画面を消す。


 しばらく、そのまま。


 何もせずに座る。


 外の街灯が、フロントガラスに映る。


 揺れる。


 小さく。


「……了解」


 返した声は、少し遅れた。


 誰も聞いていないのに。


 自分に向けて言うみたいに。


 目を閉じる。


(仕事や)


 今までもそうしてきた。


 対象を見て、記録して、報告する。


 それだけ。


 変わらない。


 はずやのに。


(……なんやろな)


 引っかかる。


 大輔の顔が浮かぶ。


 現場での会話。


 あのときの目。


 見えている側の目。


 今まで見てきたやつらとは、違う。


 壊れたやつ。

 隠してるやつ。

 消されたやつ。


 どれも、距離があった。


 近づけない側。


 でも――


(あいつは違う)


 普通に会話ができる。


 同じものを見ている。


 初めてやった。


 ああいうのは。


「……仕事か」


 一拍。


「……それとも」


 言い切らない。


 言えない。


 スマホをもう一度見る。


 消えた画面に、自分の顔が映る。


 ぼやけている。


 部屋。


 大輔はドアを閉める。


 鍵をかける。


 そのまま立ったまま、スマホを見る。


 通知。


 制限の更新。


 単独行動禁止。

 報告義務。

 監視強化。


 短くまとまっている。


 分かりやすい。


「……徹底やな」


 小さく呟く。


 画面を閉じる。


 ポケットに戻す。


 窓の方を見る。


 外。


 街灯。


 影。


 その中に――


 人影。


 少し離れた位置。


 立っている。


 一瞬で分かる。


(……おるな)


 息を吐く。


「監視か」


 声に出る。


 そのまま外に出る。


 距離を詰める。


 相手は動かない。


 逃げない。


 近づく。


 森川。


 そのまま立っている。


「仕事?」


 大輔が言う。


 短く。


「仕事や」


 同じ返し。


 変わらない。


 でも。


 少しだけ間がある。


「俺、対象?」


 一歩踏み込む。


 森川はすぐに答えない。


 一拍。


「……せやな」


 否定しない。


 そのまま落ちる。


 空気が重くなる。


 静かに。


「どこまで報告してる」


 大輔。


 視線は外さない。


 森川は少しだけ迷う。


 ほんのわずか。


 でも、分かる。


「……全部や」


 正直に言う。


 隠さない。


 一瞬の沈黙。


 大輔は小さく息を吐く。


「そらそうやな」


 怒りはない。


 納得している。


 その方が自然やと思っている。


 でも。


 そこで終わらない。


「……でもな」


 森川が口を開く。


 続けるか、迷う。


 間が伸びる。


 視線が揺れる。


 それでも――


「……全部やない」


 静かに落とす。


 一歩だけ、逸れる。


 初めてのズレ。


 大輔の目が少しだけ変わる。


 わずかに。


 完全ではない。


 でも、何かが残る。


「お前……そのまま行ったらあかん」


 森川が言う。


 少しだけ強い。


 珍しく。


「止まれってこと?」


「……止まるか、戻るかや」


 即答ではない。


 でも、はっきりしている。


 第三の道はない。


 そう言っている。


 大輔は短く返す。


「どっちもちゃう」


 間はない。


 迷いもない。


 森川は、それを聞いて理解する。


(……止まらんか)


 止められない。


 ここで止めても、意味がない。


 沈黙。


 風が少しだけ吹く。


 森川は小さく息を吐く。


 そして、


「……無茶すんな」


 それだけ言う。


 止めない。


 守らない。


 でも、完全にも突き放さない。


 中途半端な位置。


 それを選ぶ。


 大輔は何も返さない。


 背を向ける。


 歩き出す。


 夜道。


 街灯の下。


 影が伸びる。


 視界の端に、赤い点。


 薄く、でも確かにある。


 断片が流れかける。


 止める。


 でも。


 少しだけ気になる。


 振り返りはしない。


 でも、分かる。


 森川がまだいる。


 見ている。


 監視。


 でも、それだけじゃない。


 全部が重なる。


 歩きながら、呟く。


「……一人やないのが」


 一拍。


「一番ややこしい」


 答えは出ない。


 ただ、進むしかなかった。

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