第32話:検知
部屋に戻ると、静かだった。
靴を脱いで、そのまま座る。
何もせず、数秒。
頭が重い。
鈍い痛みが残っている。
でも――
(……さっきの)
少しだけ、違う感覚が残っていた。
選んだ。
止めた。
戻った。
全部、自分でやった。
息を吐く。
深く。
(……いけるかもしれん)
小さく思った、そのとき。
――ピンポン。
短く、はっきりと音が鳴る。
体が止まる。
(……誰や)
もう一度、鳴る。間を置かずに。
立ち上がる。ドアに向かう。
開ける。
スーツの男が二人。
見覚えがある。
組織の人間。
無表情。温度がない。
「話がある」
それだけだった。
拒否の余地はない。
一瞬だけ目を逸らしてから、
「……分かりました」
短く返す。
ドアを閉め、そのままついていく。
施設の廊下は、やけに静かだった。
前より人の気配が少ない。
その分、空気が重い。
(……来たな)
理由も、結果も分かっている。
通される。扉が開く。
中は、机と椅子。
人数は少ないが、視線の圧が強い。
座る。
すぐには誰も話さない。
一拍。
「確認する」
低い声が落ちる。
「無断行動を検知した」
横の端末が操作される。
画面にログが出る。
時刻、位置、移動経路。
現場離脱。滞在時間。独自行動。
全部、揃っている。
(……ここまでか)
目は逸らさない。
「何をした」
短い。
大輔は一瞬だけ考える。
「……確認です」
一拍。
「何を」
逃がさない。
「……ズレを」
言い切らない。
でも、隠さない。
空気がわずかに動く。
「進行しているな」
別の声。評価のように。
「自覚はあるか」
「……あります」
嘘ではない。
「では確認する」
一拍。
「お前は今、選び始めている」
言葉が静かに落ちる。
(……やっぱりそこか)
視線を上げる。
「それの何があかんのですか」
抑えたまま、踏み込む。
一瞬、部屋が静まる。
「選択は誤差を生む」
一拍。
「誤差は拡散する」
短いが、十分だった。
点の話と繋がる。
(……分かる)
(でも納得はせえへん)
拳がわずかに握られる。
「今回の行動は逸脱だ」
「任務無視、無断接触、ログ外使用」
淡々と並べられる。
「このまま継続した場合——」
一瞬、止まる。
その先は言わない。
(処置やろ)
頭の中で言葉になる。
「ただし」
続く。
「現時点では処置は行わない」
わずかに空気が緩む。
完全な終わりではない。
「条件を更新する」
画面が切り替わる。
「単独行動の全面禁止」
「任務外行動の即時報告」
「監視強化」
一拍。
「逸脱時は即時対応」
“次はない”と同じ意味だった。
大輔は静かに息を吐く。
「……分かりました」
それしか出せない。
「従うか」
「……従います」
言葉にした瞬間、自分で分かる。
(無理やな)
内側では、もう違う。
「以上だ」
それで終わる。
立ち上がり、部屋を出る。
廊下。
少しだけ空気が軽い。
でも、抜けない。
「……バレたか」
横から声。
森川が壁にもたれている。
「見てたんやろ」
隠さない。
森川は一拍だけ間を置く。
「仕事や」
同じ言葉。
でも、少し重い。
「……便利やな」
「せやな」
否定しない。
一瞬の沈黙。
「気ぃつけや」
小さく言う。
「もう余裕ないで」
視線は逸らしたまま。
それだけ。
大輔は何も返さず、歩き出す。
帰り道。
街灯。影。静かな夜。
でも、頭の中は静かじゃない。
組織。海田。森川。
全部が重なる。
視界の端に、赤い点。
濃い。
でも、手は伸ばさない。
止める。
選ぶ。
一瞬だけ断片が流れる。
違う動き。違う結果。
すぐに切る。
深く息を吸う。戻す。
(……まだいける)
ギリギリで保っている。
歩きながら、呟く。
「……止めたら安全か」
一拍。
「進んだら、何が壊れる」
答えは出ない。
ただ、分かっている。
もう——戻れない。
そのまま、夜の中へ消えていった。




