第40話:進まない選択
朝。
目が覚める。
静かだった。
頭を触る。
痛みはない。
視界も、普通。
何も混ざっていない。
天井を見たまま、息を吐く。
「……こんなもんやろ」
物足りなさが、ないわけじゃない。
でも。
それでいいと思えた。
現場へ向かう。
いつもの道。
いつもの音。
体を動かす。
重さがある。
現実の重さ。
柱を測る。
手が止まる。
ふと頭に浮かぶ。
——910。
前なら、そこから繋げていた。
でも。
「……関係ないな」
それ以上は考えない。
手を動かす。
昼前。
「すいません、ここどうしたらええですか」
声をかけられる。
顔を上げる。
森川や。
そう分かるのに、
初めて見るみたいな顔をしている。
ほんの少しだけ、ズレている。
「そこ、一回外してからやな」
普通に答える。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げる。
「森川っていいます」
一瞬。
間が空く。
「……仲村っていいます」
それ以上は、何も言わない。
夕方。
作業が終わる。
空を見上げる。
普通の色。
普通の時間。
帰り道。
少し歩いたところで、気配。
止まる。
振り返る。
森川が立っている。
今度は、違う。
知っている目。
「さっき、組織の人間おったからな」
軽く肩をすくめる。
「一応、芝居や」
言葉が出ない。
ただ、見ている。
「安心せえ」
「俺はあの程度じゃ矯正されん」
少し笑う。
「そもそも、全部見せてへんしな」
一拍。
「……矯正されたフリや」
理解が追いつくより先に、
感情が上がる。
「……すまん」
自然に出る。
「ほんま、すまん」
止まらない。
「俺のせいで——」
「もうええって」
軽く、遮る。
でも、はっきり。
その一言で、止まる。
あの時と同じ。
でも違う。
今は、ちゃんと届く。
「好きにしたらええ」
森川は言う。
「止まるも、進むも」
「自分で決めたらええ」
少しだけ、笑う。
うまくは笑えない。
でも。
確かに、笑った。
「……お前もな」
「無理すんなよ」
「頑張ってな」
「お前も頑張れよ」
一瞬の間。
森川が呆れた顔をする。
「もうええって」
二人、少しだけ笑う。
森川が親指を立てる。
「じゃあな」
一拍。
「チッチキチー」
背を向けて歩いていく。
「なんやねんそれ……」
思わず漏れる。
「澪と同じこと言ってるやんけ」
一瞬。
止まる。
「……えっ」
振り返る。
もういない。
静かな道。
夕焼け。
風。
大輔は、少しだけ立ち尽くして。
それから、前を向く。
歩き出す。
「進むかどうかやなくて」
一歩。
「どう進むかやな」
一歩。
「……今でええ」
そのまま、歩いていく。
何も見ないまま。
でも。
ちゃんと選びながら。




