第29話:ライン
会議室は、静かだった。
白い壁。
音を吸う空気。
机の上に、資料だけが並んでいる。
画面が点く。
名前。
仲村大輔。
ログが流れる。
任務逸脱。
精度低下。
無断接触。
常時接続傾向。
誰も驚かない。
既に共有されている内容。
「早いな」
低い声。
「崩れ方が」
別の声が重なる。
「典型や」
淡々とした断定。
画面が切り替わる。
過去の記録。
似たログ。
似た推移。
途中で切れている。
最後がない。
「切るべきやろ」
短く言う。
「まだや」
すぐに返る。
「精度は残ってる」
数値が表示される。
他と比べて高い。
「代わりが効かん」
合理。
感情はない。
「制御を強めるべきやな」
三人目。
少しだけ間を置いて。
「監視を増やす」
「使用を縛る」
「逸脱を抑える」
言葉は短い。
それで十分。
沈黙。
上位の人間が口を開く。
「ラインを確認する」
画面が変わる。
項目。
認識混濁。
指示違反。
無断接触。
外部漏洩。
「いずれかで——処置対象」
説明はない。
全員、理解している。
次。
大輔の記録。
印が入る。
無断接触——該当。
接続傾向——危険域。
精度——揺れ。
「……手前やな」
誰かが言う。
否定は出ない。
画面が、もう一度切り替わる。
暗い映像。
椅子。
人影。
顔は見えない。
音声だけが流れる。
『……2回目や』
一瞬。
それだけ。
ノイズ。
途切れる。
「予測か?」
「錯乱やろ」
小さく意見が出る。
でも。
広がらない。
結論も出さない。
「似てるな」
三人目の声。
大輔のログを指す。
無断。
接続。
重なる。
「まだ戻れてる」
別の声。
資料が切り替わる。
空白の時間。
使用停止。
短い。
でも、ある。
上位の人間が言う。
「適性は——」
一拍。
「見えることやない」
続ける。
「見ないことを選べるかや」
静かに落ちる。
誰も動かない。
それで決まる。
「処置は行わない」
一つ。
「監視強化」
「制限維持」
「逸脱時——即処置」
短く並ぶ。
それで終わり。
椅子が引かれる。
小さな音。
その中で。
「次にズレたら切る」
低い声。
誰も反応しない。
でも。
残る。
現場。
いつもの匂い。
木。埃。音。
大輔は動いている。
測る。
合わせる。
手は止まらない。
普通。
そのはず。
でも。
視線を感じる。
振り返る。
森川。
少し離れた場所に立っている。
何も言わない。
ただ見ている。
(……まだおるんか)
口には出さない。
作業に戻る。
視界の端。
赤い点。
浮かぶ。
一瞬で、分かる。
来る。
断片。
手の動き。
工具。
流れ。
(……来るな)
意識する。
止める。
追わない。
深く見ない。
切る。
完全には消えない。
でも。
弱まる。
呼吸を整える。
現実を見る。
今。ここ。
それだけ。
「そこ、ズレてるで」
「……はい」
返す。
直す。
余計なものは見ない。
選ぶ。
見ない方を。
数秒。
何も来ない。
(……いける)
小さく思う。
森川は、そのまま見ている。
何も言わない。
それだけ。
さらに外。
別の影。
一人。
もう一人。
気づかない。
でも、いる。
作業が終わる。
日が落ちる。
静かになる。
座る。
何もしない。
視界の端。
赤い点。
また浮かぶ。
でも。
前と違う。
分かる。
少しだけ。
距離。場所。流れ。
ぼんやり。
でも、掴める。
(……なんとなくやけど)
崩れない。
苦しさも薄い。
その代わり。
切れない。
繋がっている。
薄く。
長く。
「……どこまでが俺で」
小さく呟く。
「どこからが、あいつらなんや」
答えはない。
ただ。
選べる。
まだ。
見ないことだけは。




