第28話:監視
前回の件は、「保留」という形で処理されていた。
だが、それで終わっていないことは分かっている。
施設の空気が、わずかに違う。
視線。
距離。
言葉にしない評価。
(……落ちてるな)
大輔は壁にもたれ、スマホを見る。
短い振動。
通知。
組織。
開く。
「次の任務だ」
それだけ。
説明はない。
いつも通り。
でも——
文面の奥にある温度が、少し低い。
(信用、切れかけか)
小さく息を吐く。
考えても変わらない。
行くしかない。
現場は住宅地の一角だった。
古い家屋。
外壁の一部が剥がされ、簡易な足場が組まれている。
人も少ない。
音も軽い。
よくある改修現場。
(……軽すぎるやろ)
前回のあとにしては、不自然なほど。
周囲を見回す。
そのとき。
引っかかる。
道の曲がり方。
家の配置。
空気の抜け方。
「……ここ」
小さく漏れる。
見覚えがある。
完全に同じではない。
だが近い。
森川と話した、あの現場の近く。
その瞬間——
「久しぶりやな」
背後から声。
反射的に振り返る。
森川が立っていた。
作業着。
いつも通りの姿。
わずかに肩の力が抜ける。
「なんや、お前も仕事か」
自然に言葉が出る。
森川は一瞬だけ間を置く。
「……まぁな」
軽く返す。
だが、どこか違う。
目が合わない。
すぐに逸らされる。
距離も、少しだけ遠い。
軽口も続かない。
(……なんや)
小さな違和感。
消えない。
一拍の静けさ。
誰も指示を出さない。
組織の人間の姿もない。
なのに——
見られている感覚だけが残る。
森川が先に動く。
「始めよか」
短く言う。
そのまま現場の中へ入る。
大輔は一瞬だけ遅れてついていく。
(……あいつが仕切るんか)
そこで、繋がる。
さっきの言葉。
“監視がつく”。
ゆっくり理解が追いつく。
足が止まる。
「……お前が?」
低く出る。
森川は振り返らない。
「今回の監視役や」
静かに言う。
それで、十分やった。
空気が変わる。
さっきまでの軽さが消える。
距離が、はっきり見える。
森川は肩をすくめる。
「仕事やからな」
軽く言う。
戻そうとしている。
でも戻らない。
「……最初から?」
疑いが出る。
抑えきれない。
森川は一瞬だけ間を置く。
「ちゃう」
短く。
「でも、今はそうや」
それだけ。
言い訳はない。
事実だけが残る。
大輔の視線が強くなる。
「なんでお前なん」
踏み込む。
森川は少しだけ視線を逸らす。
「向いてるからや」
淡々と。
「それだけちゃうやろ」
さらに詰める。
一瞬、森川の動きが止まる。
わずかな沈黙。
「……お前、触れるやろ」
空気が固まる。
森川はすぐには答えない。
否定もしない。
その沈黙が答えになる。
「……なんで言わん」
「言う必要ないやろ」
変わらない声。
感情は乗せない。
一拍。
小さく続ける。
「使わんからや」
短く。
「選んでるだけや」
言葉が残る。
重く。
逃げ場がない。
大輔は何も返せない。
理解してしまうから。
(……同じやない)
決定的な差。
見えるのに、触らない。
止めている側。
自分とは違う。
「ほな、やるで」
森川が先に切り替える。
それ以上は踏み込まない。
大輔も黙って頷く。
壁を開ける。
配管を見る。
いつもの作業。
手は動く。
だが——
背後。
視線。
森川。
何も言わない。
ただ見ている。
(……やりにくいな)
そのとき。
来る。
断片。
映像。
勝手に流れる。
施工の流れ。
だが。
混ざる。
別の手順。
別の結果。
(またか)
焦りが走る。
だが今回は——
言えない。
前回の評価が残っている。
(外したら終わる)
強く見える流れを拾う。
無難な方。
それを選ぶ。
「ここやな」
短く言う。
理由も簡潔に整える。
沈黙。
背後。
森川の気配。
「……ほんまか?」
低い声。
静かに刺さる。
大輔は一瞬止まる。
「……多分な」
濁す。
自分でも分かる。
確信がない。
休憩。
外。
缶コーヒー。
沈黙が続く。
「なんでお前なん」
もう一度聞く。
森川は肩をすくめる。
「向いてるからやろ」
同じ答え。
一拍。
小さく続ける。
「危なそうやしな、お前」
少しだけ声が落ちる。
大輔は眉をひそめる。
「俺は大丈夫や」
即答。
反射。
森川はすぐに返さない。
少しだけ間を置く。
「……せやとええな」
否定しない。
でも、信じてもいない。
任務は終わる。
問題なし。
そういう形で処理される。
帰り道。
二人で歩く。
でも。
距離がある。
埋まらない。
言葉も出ない。
大輔は何か言いかける。
「……」
やめる。
意味がない気がした。
一人になる。
視界の端。
赤い点。
ゆっくり揺れる。
その奥。
断片。
まだ残っている。
そして——
森川の視線。
見えないはずの組織。
全部、重なる。
「……見られてるんは、俺か」
小さく呟く。
赤い点が、わずかに増えた。




