第24話:境界線
現場は、いつも通りやった。
音。
匂い。
人の動き。
何も変わっていないように見える。
でも。
どこか、噛み合っていない。
大輔だけが、少しズレている。
自分でも分かる。
手は動く。
指示も通る。
でも。
薄い。
現実に、ちゃんと乗れていない。
「昨日、どこ行ってたん」
後ろから声。
森川。
軽い調子。
でも。
軽さの奥に、何かがある。
「……ちょっとな」
大輔は振り向かずに答える。
曖昧に。
それで終わらせるつもりで。
視線を感じる。
じっと。
外さない。
見られている。
測られているみたいに。
短い沈黙。
でも、重い。
空気が止まる。
「事故のニュース、見たで」
森川の声。
変わらないトーン。
でも、まっすぐ入ってくる。
大輔の反応が、わずかに遅れる。
一拍。
それだけで、十分やった。
「場所……近かったよな」
繋げてくる。
逃がさない。
「たまたまやろ」
返す。
すぐに。
でも。
自分でも分かる。
弱い。
「お前、また見たんちゃうん」
少しだけ、声の温度が変わる。
踏み込んでくる。
大輔は、止まる。
手も。
思考も。
でも。
何も言わない。
否定もしない。
肯定もしない。
「答えろや」
強い声。
初めて。
森川が、押してくる。
(……言えば、楽や)
頭の中で浮かぶ。
(でも)
巻き込む。
あの場所。
あの流れ。
澪の声。
「触るな」
はっきり残っている。
「見てない」
出た言葉。
短い。
嘘。
間。
ほんの一瞬。
「……嘘やな」
森川が、すぐに言う。
迷いがない。
「なんで隠すん」
間を詰める。
逃げ場がない。
「関係ないやろ」
大輔は目を逸らしたまま言う。
距離を置くための言葉。
線を引くための言葉。
「関係あるやろ!」
声が跳ねる。
一気に来る。
「お前、それで壊れかけてたやんけ!」
過去。
全部知っている言い方。
逃げられない。
大輔は、何も返せない。
言い返す言葉がない。
事実やから。
「見えるもんはしゃあない」
森川の声が、少しだけ落ちる。
「でもな——」
一拍。
重くなる。
「付き合い方、間違えたら終わりや」
はっきり言う。
「分かってる」
大輔は小さく返す。
でも。
止まらない。
「でも見な分からんやろ」
そのまま出る。
昨日と同じ言葉。
「分からんでええこともある言うてるやろ!」
強く返される。
即座に。
迷いなく。
その言葉に、引っかかる。
昨日、聞いた言葉。
組織。
同じことを言っている。
「それで何も変わらんやろ」
苛立ちが混じる。
抑えきれない。
「変えようとするな」
森川の声。
低い。
真っ直ぐ。
それが答え。
止まる。
空気が張る。
「……見えてるくせに」
大輔が言う。
踏み込む。
戻れない一歩。
森川の動きが、止まる。
一瞬だけ。
「せや」
あっさり。
隠さない。
「見えてるで」
そのまま。
でも。
「だから触らんねん」
はっきり線を引く。
対比が、形になる。
逃げ場がない。
「俺は触る」
大輔が言う。
短く。
決めるみたいに。
「俺は触らん」
森川。
同じ温度で返す。
分かれる。
完全に。
「……もう、あんま関わらん方がええかもな」
森川が言う。
静かに。
怒りじゃない。
判断。
大輔は、何も言わない。
止めない。
引き止めない。
そのまま、受ける。
森川が背を向ける。
そのまま歩く。
離れていく。
足音が遠くなる。
一人。
音だけが残る現場。
でも。
少しだけ、静かに感じる。
視界の端。
赤い点。
ひとつ。
ゆっくり、浮かぶ。
大輔は、見る。
逸らさない。
そのまま。
手を伸ばす。
迷いなく。
触れる。
意識が、わずかに沈む。
でも。
止めない。
「……俺はこっちや」
小さく、言う。
誰にも聞こえない声。
赤い点が、揺れる。
そのまま、広がる。
大輔は、それを見続けた。




