第23話:結果
頭が、少しだけ重かった。
抜けきらない痛み。
でも。
嫌な重さではない。
ぼんやりしているのに、どこか澄んでいる。
(……変な感じやな)
大輔は、ゆっくり目を開ける。
昨日のことは、全部覚えている。
海田。
あの場所。
言葉。
逃げなかった。
選んだ。
だからかもしれない。
まだ揺れているのに、
芯だけは残っている。
現場。
いつも通りの音。
いつも通りの匂い。
設備が入って、配管が走っている。
壁も床も、一度閉じたものを開けて直す作業。
完成に近づいているはずなのに、
どこか雑多で、落ち着かない。
大輔は黙って手を動かす。
工具を取る。
配管を合わせる。
指示通り。
それでいい。
それで、回る。
少し離れた場所に、森川がいる。
ちら、と一度だけ視線が合う。
何か言いたそうにして、
でも何も言わない。
そのまま視線を外す。
(……助かるわ)
今は、何も聞かれたくなかった。
ふと。
視界の端。
赤い点。
ひとつじゃない。
いくつも。
散っている。
以前より、明らかに多い。
大輔の手が、一瞬だけ止まる。
呼吸も、わずかに引っかかる。
でも。
「……気にせん」
小さく呟いて、動かす。
無視する。
見ない。
決めた。
それでいい。
休憩。
壁にもたれる。
スマホを取り出す。
何気なく、画面を開く。
ニュース。
いつも通り。
そのはずやのに。
指が、止まる。
見出し。
事故。
現場写真。
場所。
見覚えがある。
どころじゃない。
知っている。
行った。
調査で。
あの場所。
喉が、詰まる。
画面を、スクロールする。
詳細。
負傷者あり。
意識不明。
搬送。
文字が、頭に入ってこない。
ただ並んでいるだけに見える。
でも。
「……同じや」
ゆっくり、声が漏れる。
頭の奥で、何かが弾ける。
映像。
昨日。
ズレ。
流れ。
選ばれないはずの動き。
自然に、そこへ行く。
誘導。
海田。
全部、繋がる。
繋がってしまう。
(……俺が見たからか?)
思った瞬間、
「ちゃうやろ」
即座に打ち消す。
反射みたいに。
でも。
軽い。
自分でも分かる。
弱い。
否定になっていない。
画面が更新される。
速報。
追加情報。
場所。
別の現場。
昨日、海田と会った場所。
未完成の立体駐車場。
詳細。
足場崩落。
作業員転落。
一瞬、呼吸が止まる。
次の行。
死亡。
確定。
スマホが、手からずれる。
床に当たる音が、やけに大きい。
大輔は、そのまま動けない。
視界が、狭くなる。
音が遠くなる。
足の力が抜ける。
そのまま、座り込む。
「おい、大丈夫か」
声。
森川。
すぐ近く。
でも。
返せない。
言葉が出ない。
口が開かない。
何を言えばいいのか分からない。
立ち上がる。
ふらつく。
でも止まらない。
そのまま歩く。
現場の外へ。
誰も止めない。
止められない。
逃げている。
分かっている。
でも。
止まれない。
着く。
事故現場。
規制線。
人だかり。
ざわめき。
救急。
警察。
現実の音。
現実の匂い。
血の匂いが、混じる。
大輔は、少し離れたところで止まる。
分かっている。
触れば、見える。
全部。
流れも、原因も。
もしかしたら。
その先も。
でも。
「もうええって」
声。
澪。
頭の中で、はっきり響く。
(見たら、分かる)
(でも、また同じになる)
(繋がる)
(増える)
思考がぶつかる。
止めたい。
知りたい。
両方ある。
どっちも消えない。
大輔は、手を上げる。
ゆっくり。
空間に向けて。
触れればいい。
それだけ。
それだけで――
止まる。
指先が、届く直前で。
止める。
下ろす。
代わりに、見る。
目で。
そのまま。
現実を。
血。
歪んだ足場。
散った工具。
運ばれる人。
周囲のざわめき。
誰かの声。
怒号。
泣き声。
全部、そのまま。
加工されていない。
切り取られていない。
ただ、そこにある。
胸の奥が、重くなる。
理解ではない。
確信でもない。
でも。
「……俺、関係あるやろ」
小さく、漏れる。
誰にも届かない声。
直接やったわけじゃない。
触ってもいない。
でも。
無関係とも言えない。
どこかで、繋がっている。
切れていない。
グレーのまま、残る。
「離れろ」
背後。
低い声。
振り返る。
組織の人間。
見覚えがある。
表情は変わらない。
「これ……」
言いかける。
でも。
「関わるな」
被せられる。
短く。
それだけ。
「でも――」
「見るな」
さらに重ねられる。
余地がない。
説明もない。
ただ、遮断。
大輔は、少しだけ顔を上げる。
「見な分からんやろ」
声は強くない。
でも。
初めて、引かない。
「分からんままでええこともある」
即答。
揺れない。
それで終わり。
言葉が残る。
そのまま、動けない。
足が、地面に張り付いたみたいに。
視界の端。
赤い点。
ひとつ。
ふたつ。
もっと。
増えている。
はっきり分かる。
さっきより。
現場より。
さらに。
「……増えてる」
誰にも聞こえない声。
「俺が触ったからか」
答えは出ない。
出せない。
そのまま。
思考が、止まる。




