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第22話:使う理由

 事故現場からの帰り。


 足が重い。


 考えないようにしても、さっきの光景が頭に残る。


 ポケットが震える。


 分かっているのに、取り出してしまう。


 表示。


 海田。


 一瞬、親指が止まる。


 出たら、戻れない気がした。


 でも。


 切らない。


 出る。


「……はい」


 わずかな沈黙。


「話そうや」


 いつもの調子。


 軽い。


 その軽さが、今は妙に引っかかる。


「どこですか」


 指定された場所は、建設途中の立体駐車場だった。


 コンクリート打ちっぱなし。


 壁も剥き出しのまま。


 足音が、やけに響く。


 人の気配は、ほとんどない。


 逃げ場がないような閉じ方をしている。


 中に入る。


 いた。


 海田。


 壁にもたれている。


「ええ顔してるやん」


 軽い声。


 でも、その目は笑っていない。


 見抜いている。


 胸の奥を、直接触られているみたいに。


 周囲を見る。


 未完成の構造。


 抜けた空間。


 どこか現実感が薄い。


「ここ……」


 一歩、踏み出す。


「ここで何してたんですか」


 海田は、少しだけ口元を上げる。


「ちょっとな」


 それだけ。


 それ以上は言わない。


 距離を取る。


 向かい合う。


 静かすぎる。


「見たやろ?」


「……見ました」


 喉が乾く。


「なんであんなことするんですか」


「なんでって」


 一拍。


「できるからや」


 迷いがない。


 言い切る。


「見えるもん、使わん方がおかしいやろ」


「人、死んでます」


 言いながら、胸がざわつく。


「ほな聞くけど」


 一歩だけ詰められる。


「お前、関係ないと思ってるん?」


 言葉が、刺さる。


 息が詰まる。


「最初に触った時点で、もう一緒やで」


 否定できない。


 あの瞬間を、思い出す。


 沈黙が落ちる。


「世の中な」


 海田の声は、淡々としている。


「持ってるやつと、持ってないやつで決まっとるんや」


「俺らは“持ってる側”や」


「金ないやつは、ずっとないままやし」


「取られるやつは、ずっと取られる」


 言葉が重なるほどに、現実味を帯びていく。


「そういうもんやろ」


 反論できない自分がいる。


 それが、いちばん嫌だった。


「初めてやねん」


 少しだけ声が落ちる。


「こっち側来れたの」


 軽さの奥に、滲むもの。


 ほんのわずかに、羨ましさすら混じる。


「お前も分かってるやろ?」


「未来見えたら、全部取れるで」


 一瞬、心が揺れる。


 ありえたかもしれない現実が、頭をよぎる。


「……それでも」


 言葉を絞り出す。


「ちゃうやろ」


 被せられる。


「誰が決めるん?」


「自分や」


 視線がぶつかる。


 逃げ場がない。


 海田が、空間に触れる。


 ズレる。


 床。


 壁。


 世界が、ほんの少し歪む。


 大輔の視界に、赤い点。


 鋭く、刺さるように光る。


 頭が痛む。


 息が乱れる。


「ほらな」


 元に戻る。


 何事もなかったように。


「止める気あるん?」


 問われる。


 答えが出ない。


 出せない。


「やったら、こっち来い」


「……行かん」


 絞り出す。


 自分でも弱いと分かる声。


「中途半端やな」


 海田が背を向ける。


「そのままやと」


 一瞬だけ振り返る。


「どっちにもなれへんで」


 去っていく。


 足音が遠ざかる。


 一人になる。


 静けさが戻る。


 赤い点。


 まだ、消えない。


 さっきより、強く光っている気がする。


 胸がざわつく。


「……どっちにもなれへんでもええ」


 小さく、呟く。


 自分に言い聞かせるみたいに。


「俺は――」


 続きが出ない。


 言葉にした瞬間、何かが決まってしまいそうで。


 口を閉じる。


 赤い点が、脈打つ。


 そのまま、思考が途切れる。

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