表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/40

第21話:一歩

 壁の匂いが、残っていた。


 パテ。糊。


 乾ききっていない、内装の匂い。


 床は張り終わっている。

 踏むと、硬さがそのまま返ってくる。


 音はある。

 道具の音。

 話し声。


 でも。


 どこか薄い。


 大輔は、手を動かしていた。


 ボードを運ぶ。

 合わせる。


 言われた通り。


 それだけ。


 それだけのはずやのに――


(……なんやろな)


 噛み合っていない。


 手は動いている。

 体も反応している。


 でも。


 意識が遅れる。


 自分の動きに、あとからついていく感じ。


「そこ、もうちょい寄せて」


「……はい」


 返事は出る。


 でも。


 頭は、別のところにある。


 休憩に入る。


 壁にもたれて座る。


 スマホを出す。


 何気なく、ニュースを開く。


 そのまま、止まる。


 見出し。


 ――作業中のクレーン車、横転。


 指が動かない。


 画面をスクロールする。


 場所を見る。


 その瞬間。


 呼吸が、わずかに止まる。


 澪の事故現場と同じ。


 あの日の場所。


 何度も行った場所。


 何度も立ち止まって、

 何度も見ようとした場所。


 大輔は、そこに通っていた。


 理由は一つ。


 澪のことが知りたかった。


 何が起きたのか。

 なぜそうなったのか。


 納得できる何かを、探していた。


 そのたびに。


 点に触れた。


 赤い点。

 断片。


 でも――


 決定的なものは、出なかった。


「……またや」


 小さく漏れる。


 記事を追う。


 アウトリガーの設置不良。

 地盤の問題。

 操作ミス。


 どれも、あり得る。


 説明としては、通る。


 でも。


(……ちゃう気がする)


 どこか、引っかかる。


 原因は分かる。


 でも。


 そこに至る流れが、見えていない。


 理由はある。

 でも、納得はできない。


 胸の奥がざわつく。


 澪の事故。

 最近の事故。


 そして――


 海田。


 繋がりかけている。


 点が、線になる。


「……関係、あんのか」


 ほとんど音にならない。


 頭の中に、声が重なる。


「もうええって」


 澪。


「関わるな」


 森川。


「管理しろ」


 組織。


「使え」


 海田。


 全部、一度に来る。


 どれも間違っていない。


 でも。


 どれも、自分じゃない。


 並べられているだけ。


 大輔は目を閉じる。


 現場の音が遠くなる。


「……うるさい」


 吐き出す。


 それだけで、少し静かになる。


 思考が残る。


 組織。

 佐伯。

 海田。


 どれを選ぶか。


 違う。


 それは全部、後から置かれたもの。


 最初にあるべきものは――


 自分。


「……俺が決める」


 はっきり言う。


 仕事は最後までやった。


 急がない。

 抜かない。


 ただ終わらせる。


 それでいい。


 現場を出る。


 誰にも言わない。


 足は止まらない。


 向かう先は、決まっている。


 近づく。


 あの場所。


 空気が変わる。


 静か。


 でも。


 落ち着かない。


 何かが残っている。


 澪の事故現場。


 何度も来た場所。


 何度も見ようとして、

 何も掴めなかった場所。


 でも――


 今日は違う。


 視界の端。


 赤い点。


 一つじゃない。


 複数。


 濃い。


 偏っている。


 大輔は止まる。


 息を整える。


 そして。


 自分から触れる。


 映像。


 あの日。


 クレーンの配置。

 地面。


 わずかな沈み。


 人の動き。


 そして――


 流れ。


 本来なら、選ばない動き。


 でも。


 自然にそこへ行く。


 誘導。


 偶然じゃない。


(……やっぱり)


 確信に近い。


 海田。


 もう一度。


 触れる。


 本来なら、ここで止める。


 でも。


 止めない。


 映像が揺れる。


 同じ時間。

 同じ場所。


 でも。


 違う。


 倒れる。

 倒れない。


 いる。

 いない。


 分岐。


 未来みたいなものが混ざる。


 頭が痛い。


 視界が揺れる。


「もうええって」


 声。


 澪。


 止める声。


 一瞬、止まる。


 でも。


「……まだや」


 進む。


 次の瞬間。


 切れる。


 強制的に。


 外から断たれる。


 組織か。

 海田か。


 分からない。


 現実に戻る。


 足が揺れる。


 息が荒い。


 でも。


 分かる。


 見たら、残る。


 見たら、影響する。


 でも。


 見なかったら、分からない。


 スマホが震える。


 取り出す。


 着信。


 組織。

 海田。

 知らない番号。


 全部、同時。


 数秒。


 見る。


 そして。


 電源を落とす。


 顔を上げる。


 空。


 曖昧な色。


 どちらでもない。


「……誰のでもない」


 一拍。


「俺のや」


 風が動く。


 赤い点が揺れる。


 大輔は、それを見たまま。


 もう、逸らさなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ