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第2話:視界の端に残るもの

 昼の現場は、少しだけ緩む。


 作業の手が止まり、あちこちで人が腰を下ろす。

 コンビニ袋の音。ペットボトルのキャップを開ける音。

 朝ほど張り詰めていない、ゆるい空気が流れていた。


 大輔も、積まれた木材の端に腰を下ろした。


 軍手を外し、缶コーヒーを開ける。

 ぬるくなりかけたそれを一口飲んで、息を吐いた。


 「……だる」


 自然と漏れる。


 体が重い。

 朝から続く違和感が、どこかに残っている。


 気にしなければいい。

 そう思っているのに、意識の端に引っかかり続ける。


 ぼんやりと現場を眺める。


 柱。梁。組み上がりかけの骨組み。

 人が動き、声が飛び交う。


 その中に——


 一瞬だけ。


 赤い点が“混じった”。


 「……」


 思わず目で追う。


 だが、もうない。


 何事もなかったかのように、いつもの景色だけが残る。


 大輔は、ゆっくりと瞬きをした。


 「……またか」


 小さく呟く。


 気のせいで済ませるには、回数が増えている。


 だが——


 「……疲れてるだけや」


 そう言い聞かせる。


 顔をこすり、深く息を吸う。

 一度目を閉じて、頭をリセットする。


 考えるな。

 見たものに意味を持たせるな。


 目を開ける。


 現場の景色が戻る。


 ——そのはずだった。


 今度は、少しだけ長く残った。


 赤い点。


 さっきより、はっきりしている。


 空間の中に、固定されているような感覚。


 そこに“ある”。


 だが、焦点を合わせようとした瞬間——


 消える。


 「……なんやこれ」


 思わず漏れる。


 さっきまでの“気のせい”とは違う。


 見えた。確実に。


 でも、見ようとすると消える。


 意味が分からない。


 大輔は舌打ちしそうになるのを抑え、ポケットからスマホを取り出した。


 画面を開き、適当にSNSをスクロールする。


 意味のない動画。どうでもいい投稿。

 指だけが動いて、頭は何も考えていない。


 意識を逸らす。

 そっちに向けないようにする。


 ——なのに。


 視界の端に、また出る。


 赤い点。


 今度は、スマホを見ている“最中”に。


 「……っ」


 指が止まる。


 目は画面を見ているのに、意識だけがそっちに引っ張られる。


 見ていないときほど、見える。


 その感覚に、じわっと苛立ちが広がる。


 スマホを強めに閉じた。

 ポケットに押し込む。


 「……うっとうしいな」


 小さく吐き捨てる。


 その瞬間。


 頭の奥に、妙な感覚が走った。


 痛みじゃない。


 もっと曖昧な、引っかかるような感覚。


 ——知っている感覚。


 触れたときの。

 “あれ”に繋がりかけたときの。


 大輔は無意識にこめかみに触れかけて——


 止めた。


 「……ちゃう」


 低く呟く。


 違う。思い出すな。


 あれはもう終わった。


 そう決めたはずだ。


 遠くで声が飛ぶ。


 「おい、大輔!」


 「……っ」


 びくっと肩が揺れる。


 現実に引き戻される。


 「あ、はい!」


 慌てて立ち上がる。


 返事をしながら、少し遅れている自分に気づく。


 集中が切れている。


 分かっているのに、戻らない。


 再び作業に入る。


 木材を運び、指示に従う。


 体は動く。


 でも——


 意識のどこかが、ずっと引っかかっている。


 ふと、手が止まった。


 柱の一点。


 何気なく視線が止まる。


 そこに——


 あった。


 赤い点。


 今までより、はっきりと。


 逃げる前の一瞬。


 確かにそこにある。


 「……」


 無意識に、手が動く。


 伸ばしかける。


 ほんの少しで届く距離。


 触れれば——


 その瞬間。


 止まった。


 ぴたりと。


 自分で、自分の動きを止めた。


 「……あかん」


 声が漏れる。


 理由は分かっている。


 分かっているから、止めた。


 触れたら終わる。

 戻れなくなる。


 ——一度、選んだはずだ。


 見ないと。

 関わらないと。


 大輔はゆっくりと手を引いた。

 視線も逸らす。


 赤い点は——


 まだそこにある気がした。


 見ていないのに、“ある”と分かる。


 そんな感覚だけが残る。


 「……見たらあかん」


 小さく呟く。


 自分に言い聞かせるように。


 (間)


 「……分かってる」


 返事のように、もう一度呟く。


 遠くで丸ノコの音が鳴る。

 誰かの声が重なる。


 現場の音が、現実を取り戻す。


 その中で——


 大輔だけが、少しだけ遅れて戻ってきていた。

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