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第19話:広がる点

 タッカーの音が、一定のリズムで続いていた。


 ――パン、パン、パン。


 手は動いている。

 実を合わせて、押して、打つ。


 いつもと同じ工程。


 でも、集中が続かない。


 ふと、手が止まる。


 視線が床から外れる。


 休憩室のテレビ。


 小さく流れているニュース。


『本日未明――』


 交通事故。


 またか、と思う。


 昨日も見た気がする。


 その前も。


(……多ないか)


 映像だけが残る。


 ぶつかる瞬間。

 ほんのわずかなズレ。


 視線を切る。


 スマホを開く。


 通知欄に並ぶ記事。


 どれも似ている。


 原因不明。

 操作ミス。

 偶然。


(……そんなわけあるか)


 現場でも聞いた。


 資材が落ちた。

 手を挟んだ。

 ほんの一瞬の判断ミス。


 小さい事故。


 でも、続いている。


 繋がっている気がする。


「……多すぎる」


 小さく漏れる。


 頭の奥に、あの現場が浮かぶ。


 リビング。

 フロアの上。

 赤い点。


 触れた。


 ズレた。


 落ちた。


 あの“寄る”感覚。


 もし、あれが一つじゃないとしたら。


 似たようなズレが、あちこちで起きているとしたら。


(……繋がってる?)


 否定できない。


 その日の夕方。


 呼び出しが来た。


 短い文面。


 必要なことだけ。


 それだけで分かる。


 ――空気が違う。


 部屋に入ると、人数が多かった。


 いつもより明らかに多い。


 視線だけが動く。


 会話は少ない。


「始めます」


 資料が配られる。


 地図。


 いくつも印がついている。


「ここ最近、異常な案件が増えています」


 淡々とした声。


「原因は不明」


「共通点も特定できていません」


 一拍。


「ただし、空間の“異常”が複数地点で確認されています」


 空気がわずかに変わる。


「未確認の介入の可能性あり」


「触りすぎや」


 誰かが言う。


「誰かが無駄に触っとる」


 苛立ちが混じる。


「偶然の可能性もある」


 別の声。


「まだ断定はできない」


 割れている。


 分かっているのに、決めきれていない。


 大輔は思う。


(……分かってるやろ)


 でも、言えない。


「仲村さん」


 呼ばれる。


 顔を上げる。


「いくつか確認してきてほしい地点があります」


 資料が回ってくる。


 複数。


 バラバラ。


 でも似ている。


「順番に見てきていただけますか」


 柔らかい口調。


「報告は簡潔で構いません」


 命令ではない。


 でも、断れる空気でもない。


「……分かりました」


 一つ目の現場。


 住宅地。


 変わらない風景。


 でも。


 ある。


 赤い点。


 濃い。


(……やっぱりな)


 触れる。


 視界が切り替わる。


 人の動き。


 流れ。


 そして――


 ズレ。


 ほんの少し。


 でも、その積み重ね。


 結果が変わる。


(……誘導されてる)


 自然じゃない。


 意図がある。


 二つ目。


 同じ。


 場所は違うのに。


 同じズレ。


 同じ感触。


 ほんの少し触られている。


 完全じゃない。


 でも確実に。


 外に出る。


 息を吐く。


「……これ、誰かやってる」


 ようやく言葉になる。


 帰り道。


 スマホが震える。


 ――海田。


 タイミングが良すぎる。


「忙しそうやな」


 短い。


 軽い。


 でも、分かっている。


「何してるんですか」


 打つ。


 既読。


「別に」


「ちょっと効率よくしてるだけや」


 軽い。


 ふざけているみたいに。


 でも。


 続く。


「点ってな、繋がるねん」


「一個変われば周りも変わる」


 指が止まる。


 さっき見たもの、そのまま。


 単体じゃない。


 連鎖している。


(……一箇所ちゃう)


 理解する。


「流れ作ってるだけや」


 その一文で、全部が繋がる。


 その瞬間。


 通知。


 ニュース。


 開く。


 また事故。


 場所。


 さっきの地点。


 近い。


 関連している。


(……早すぎる)


 背中が冷える。


 そのまま、足を止める。


 画面を見たまま。


 少し迷ってから――


 来た道を引き返す。


 部屋に戻ると、空気はさらに重くなっていた。


 さっきよりも、静かで。


 視線が鋭い。


「仲村さん」


 呼ばれる。


「何か分かりましたか」


 短く聞かれる。


 大輔は一拍置いてから答える。


「……似てました」


「どの地点も」


「ズレてます」


 言葉を選ぶ。


「自然じゃないです」


 少し間。


 誰かが口を開く。


「……これは偶然じゃない」


 空気が変わる。


 はっきりと。


「監視を強化する」


「未登録の能力者も洗い出せ」


 決まる。


 ようやく。


 外に出る。


 空気が軽いはずなのに、重い。


 全部が繋がっている。


 組織。

 佐伯。

 海田。


 逃げ場がない。


「それ、広がっとるで」


 横から声。


 森川。


「……分かってます」


「止まらんやつや」


 短い。


 それだけで十分だった。


 一人になる。


 視界の端。


 赤い点。


 前より多い。


 明らかに。


 密度が違う。


 増えている。


 広がっている。


 止まっていない。


「……もう始まってる」


 小さく呟く。


 傍観では、もう済まない。

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