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第15話:現実の人間

 朝。


 現場はすでに動いていた。


 インパクトの乾いた音。


 ボードを留める軽い衝撃音。


 職人同士の短い声。


 大輔は脚立の上で、壁の下地とボードの通りを見ていた。


 間柱の位置。


 胴縁の出。


 ボードの継ぎ目が、わずかに浮いていないか。


 目で追う。


 (……問題なし)


 ビスを一本、軽く締め直す。


 沈みすぎないように。


 面を揃える。


 そのとき——


 ポケットのスマホが震えた。


 取り出す。


 画面。


 「警察からの案件です」


 短い。


 いつも通り。


 (……またか)


 だが——


 添付された資料を開いた瞬間、指が止まる。


 担当欄。


 「佐伯」


 (……あ)


 一瞬だけ、空気が変わる。


 前に会ったことがある。


 あのときの刑事。


 (……なんでまた)


 昼過ぎ。


 警察署。


 コンクリートの廊下。


 蛍光灯の白い光。


 現場とは違う、乾いた空気。


 受付を抜けて歩いていると、


 前から人が来る。


 スーツ。


 落ち着いた歩き方。


 目が合う。


 一瞬。


 「……ああ」


 佐伯だった。


 「どうも」


 大輔が軽く頭を下げる。


 佐伯は少しだけ目を細める。


 「こんなとこで何してるんですか」


 口調は普通。


 でも、見ている。


 「ちょっと用事で」


 曖昧に返す。


 佐伯はそれ以上聞かない。


 「そうですか」


 引く。


 でも——


 視線は、外さない。


 (……分かってるやろな)


 別室。


 机の上に資料。


 未解決寄りの案件。


 情報が足りない。


 (……いつも通りか)


 だが、さっきの違和感が残っている。


 「お願いします」


 組織の男が言う。


 大輔は頷く。


 現場。


 古いアパートの一室。


 床は軋む。


 壁紙は剥がれかけ。


 生活の痕跡だけが残っている。


 (……軽めやな)


 そう思いながら、


 壁に手を当てる。


 クロスの下。


 石膏ボード。


 その奥に——


 “ある”。


 接続。


 断片的な再生。


 人の出入り。


 会話。


 小さなトラブル。


 大きなものはない。


 だが——


 一箇所だけ引っかかる。


 「……ここやな」


 現実に戻る。


 警察署。


 「ここで接触があったと思います」


 簡潔に伝える。


 佐伯は黙って聞く。


 メモも取らない。


 ただ、見ている。


 (……嫌な感じやな)


 少しの沈黙。


 佐伯が口を開く。


 「……それ、見て言ってます?」


 空気が止まる。


 ド直球。


 大輔の体がわずかに固まる。


 「……何のことですか」


 とぼける。


 佐伯は詰めてこない。


 でも——


 引かない。


 「想像にしては具体的すぎる」


 静かに言う。


 逃げ道を塞ぐタイプの圧。


 (……こいつ)


 大輔は短く返す。


 「たまたまです」


 間。


 佐伯は少しだけ視線を外す。


 「……そうですか」


 引く。


 それ以上は言わない。


 だが——


 納得はしていない。


 (……分かってるな)


 帰ろうとしたとき。


 「一つだけ」


 背中に声が飛ぶ。


 振り返る。


 佐伯が立っている。


 「“見える”人間、他にもいますよ」


 その一言で、空気が変わる。


 大輔の目が動く。


 「……」


 佐伯は続ける。


 「そいつに関わるのはやめた方がいい」


 (……海田か)


 すぐに繋がる。


 「もう何人か、壊れてます」


 重い。


 淡々としている分、余計に。


 大輔は何も言えない。


 佐伯は少しだけ間を置いて、


 「……選べるうちに、選んどいた方がいい」


 それだけ言う。


 外。


 夕方。


 空が少し暗くなっている。


 一人で歩く。


 (選べるうちに)


 頭の中で繰り返す。


 海田の言葉。


 「それでええやん」


 佐伯の言葉。


 「やめた方がいい」


 (……どっちや)


 足が止まる。


 視界の端。


 赤い点。


 一つ。


 また一つ。


 静かに浮かぶ。


 見るか。


 やめるか。


 どちらの言葉も、浮かぶ。


 「……どっちや」


 小さく呟く。


 答えは出ない。


 ただ、


 立っている。


 赤い点の中で。

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