第14話:同じ側
夜。
部屋の中は静かだった。
工具袋が隅に置いたまま。
作業着も脱ぎっぱなし。
大輔はベッドに座って、スマホを見ている。
画面には、昨日のメッセージ。
「その仕事、楽やろ?」
「もっと稼げるで」
既読のまま。
返信はしていない。
(……なんやねん)
小さく呟く。
スマホを伏せる。
少しして——
震えた。
画面を見る。
同じ番号。
「警戒しすぎやろ」
一瞬、背中に冷たいものが走る。
続けて——
「昨日の現場、見てたで」
大輔の目が、ゆっくり動く。
部屋の中を見渡す。
誰もいない。
(……見てた?)
画面に戻る。
「安心し。敵ちゃう」
さらに——
「同じ側や」
その一文で、指が止まる。
“同じ側”。
(……何が)
少しの沈黙。
それから、大輔は打つ。
「……どこや」
送信。
すぐに返信が来る。
「近くでええやろ」
場所が送られてくる。
駅前のベンチ。
ありふれた場所。
(……普通すぎるやろ)
でも——
行かない理由も、ない。
夜。
駅前。
人通りはまだある。
コンビニの明かり。
電車の音。
ベンチに、男が座っていた。
大輔が近づくと、男が顔を上げる。
「お、ほんまに来た」
軽い声。
見た目は普通だった。
年も近い。
清潔感もある。
どこにでもいそうな男。
(……こいつか)
大輔は少し距離を取って立つ。
「……あんたが?」
男は笑う。
「海田」
それだけ名乗る。
「まあ、座りや」
ベンチを軽く叩く。
大輔は少し迷ってから、座る。
間を一つ空けて。
少しの沈黙。
海田が先に言う。
「見えてるやろ?」
直球。
大輔は、否定しない。
「……何のことや」
一応返す。
海田は笑う。
「分かりやすいなあ」
それから、少しだけ体を前に傾けて——
「俺もや」
シンプルだった。
「同業者やな」
その言い方に、
大輔は少し眉をひそめる。
(……仕事、なんか)
海田は続ける。
「最近ちょいちょい使ってるやろ」
大輔の視線が止まる。
(……なんで分かる)
海田は肩をすくめる。
「見てたしな」
さらっと言う。
(……こいつ)
「ええやろ、あれ」
海田が言う。
少し笑いながら。
大輔は短く返す。
「……便利ではある」
海田は即座に頷く。
「やんな?」
共感の取り方が、自然だった。
「なんであんなん隠して使うん?」
その一言で、空気が少し変わる。
大輔は答える。
「……問題あるからやろ」
海田は笑う。
「誰に?」
短い。
でも、逃げ場がない。
大輔は言葉に詰まる。
(……誰に、や)
海田は続ける。
「見える」
「使える」
指を軽く折りながら、
「稼げる」
それだけ言う。
「それでええやん」
沈黙。
大輔は、何も返せない。
海田は横目で見る。
「もうやってるやろ?」
見透かした声。
大輔は視線を逸らす。
(……否定できへん)
「金、困ってるやろ」
その一言で、体がわずかに反応する。
現実。
言い当てられている。
海田はそれを見て、少しだけ笑う。
「ええ話あるで」
間。
「一回で、今の数ヶ月分」
具体的な数字は出さない。
でも——
十分すぎる。
大輔は少しだけ考えて、
「……やらん」
言う。
海田はあっさり頷く。
「そっか」
引く。
それが逆に、不気味だった。
立ち上がる。
「でもな」
振り返らずに言う。
「お前、そっち側ちゃうで」
足が止まる。
「……何が言いたい」
海田は振り向く。
ニヤッと笑う。
「分かってるやろ」
それだけ。
歩き出す。
「また連絡するわ」
軽く手を上げる。
そのまま、人混みに紛れる。
一人、残る。
(……そっち側ちゃう)
頭の中で繰り返す。
組織。
仕事。
でも——
どこかで分かっている。
(……俺は、どっちでもない)
帰り道。
街灯の下。
赤い点が、浮かぶ。
一つ。
また一つ。
大輔は立ち止まる。
見るか。
やめるか。
少しだけ迷って——
触れない。
でも——
目は逸らさない。
ただ、見ている。
(……使わん方がアホ、か)
——誰の考えか、一瞬分からなくなる。
海田の声が残る。
そのまま、歩き出す。
背中に、何かが残ったまま。




