8 活字拾いの少女、スカウトされる
足を引きずって歩いていると後ろから声をかけられた。
「そこの、えっと活字拾いの人」
振り返ると図書室で会った女の人だ。ここ最近、図書室でいつも本を読んでいた。彼女は本をとても大事にしている。この間注意されたのも本を思ってのことだと知っている。
「あっ。図書室の人」
「ちょっと何よ、図書室の人って。あっ、私も同じか。ごめんなさい。貴方の名前知らなかったから。私から名乗らないとね。私の名前はセシル・ガッテン」
「ガッテン?」
「そうガッテン工房の経営者の娘よ」
「確かガッテンって、ここの領主様じゃあ」
この街はガッテン子爵領の一部だ。ガッテン街と呼ばれている。私の育った孤児院の名前もガッテン孤児院だ。
「それで、貴方のお名前は?」
「シーラです」
「そう。さっき聞いたのだけれど、クビになったって本当?」
「はい。規則だから仕方ないそうです」
「でも梯子が壊れたのでしょう? シーラのミスではないわ。なぜ抗議しないの?」
「抗議ですか? 無駄ですよ。この世界では孤児に人権なんてないんです」
「人権って……、難しい言葉を知ってるのね。シーラ、漢字が読めるでしょ」
「えっ? よ、読めませんよ漢字なんて」
「読めない人は漢字ってことすら知らないのよ」
どうやら鎌をかけられたらしい。悔しい。
「『祝福の儀』の本を読んでいたでしょ? 実はもっと前にあの部屋に入っていたのよ。読めもしないのに読んでいる振りをしているのかと思って見ていたんだけど、違った。貴方はしっかり読んでいた。そして泣き出した。泣いているのを見て、席を外したの」
そっかぁ。夢中になって読んできたから入室者に気づかなかったんだ。迂闊すぎる。
「なぜあの時、聞かなかったのですか?」
「聞こうとしたけど、シーラが私の手ばかり見ているから言いにくくなったの。それに貴方のこともよく知らなかったから。あれから図書室で出会わなかったから聞けなかったんだけど、さっき貴方に聞きたいことがあったから活字拾いの工房に行ったら、活字拾いの少女が昨日梯子から落ちて怪我をしたって聞いたの。社員ではないから規則に従ってクビにしたって聞いて驚いたわ」
「聞きたいことですか?」
「孤児院の出身ってことは、元が貴族なの?」
「いえ、生まれてすぐに孤児院の前に捨てられていたそうだから、貴族出身とは違うと思いますよ」
「じゃあなぜ漢字が読めるの?」
「なんとなく?」
「何よ、それ。馬鹿にしているの?」
「いえ滅相もない」
前世が日本人とか言えない。言っても信じてくれないだろうし。まあもうクビになってるんだし誤魔化そう。
「もうクビになってるから逃げようとでも思っているのでしょう? まあ、いいわ。シーラがなぜ漢字が読めるのかなんてどうでもいいことだし。それよりシーラ、王都に来なさい。とても待遇の良い働き場所があるの」
「王都ですか?」
王都にはヴァンもいるし、ガッテン活字工房はクビになったし良いかも。
「そうよ。引越し費用も出すし、支度金も用意するわ」
なんか待遇が良すぎて怖い。
「なんか怖い仕事ですか? 私怖い仕事はできないです。活字拾いしかしたことないですし……」
遠回しに断ることにした。良い話には裏があるものよ。
でも子爵令嬢であるセシルさんは私の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫よ、貴方に頼みたい仕事は活字拾いだから」




