71 金髪の娘シーラは変わってる アンリside
俺とコメットは漢字を知っている。『祝福の儀』の日までは貴族として育てられたからだ。
ガッテン孤児院に入れられたのは、俺の方が先だった。数日後にコメットが入ってきた。
あの頃のコメットは素直で可愛かった。そしてコメットはいつも泣いていた。生活が突然変わったのだから無理もない。食事はいつも硬いパンに味の薄いスープ。
だが俺たちは知っていた。もう二度と元の生活には戻れないと言うことを。
だから孤児院での生活に慣れるしかなかった。いつしか漢字のない生活に慣れていった。
コメットの憧れる人はヴァンさんだった。そして俺の憧れもヴァンさんだった。
だからシーラのことも知っていた。ヴァンさんの隣にはいつもシーラがいて、それは孤児院では当たり前のことだと考えられていた。
コメットはそのことが気に入らないようだったけど、俺はあまり気にならなかった。
そんなある日、シーラが突然本を書いた。暇だったからとか、そこに紙があったからとか言ってたけど、たった数日で本を書き上げたのだから凄すぎる。もしやシーラは天才なのか?
孤児院にあった本はすでに全部読んでしまっていたので、早速シーラが書いた本を俺は読んだ。
初めて書いたとは思えないほど、よく練られた完成度の高い作品だった。
シーラが書いた本は二冊。『三ぴきののオーク』と『おかしのいえ』
皆は三匹のオークを酷評していたが、俺はなかなか面白いと感じた。オークではなく違う生き物にしたら皆の意見も変わったと思う。
「シーラは漢字が使えるのね」
コメットが本を読みながらそう言った時、俺はハッとした。
実は俺も読みながら違和感を感じていたのだ。書き損じなのか塗り潰された箇所が何箇所もあったからだ。その消し方がおかしかった。インクは結構お高い。それなのに元の文字がわからなくなるほど塗りつぶすのはなぜなのか。そうか漢字を知っていることを隠すためだったのか。
「だがおかしくないか? シーラは俺たちとは違う。生まれてすぐに孤児院に捨てられていたって聞いてるぞ」
「ヴァンに習ったとか?」
「教材もないこの孤児院で、漢字を教えられるとは思えない。俺たちだって習った漢字を忘れてしまいそうな時がある。そうだろ? 」
紙はガッテン孤児院を経営しているガッテン子爵の好意で、寄付されているがインクは少ししかない。おいそれとは使えないのだ。だから漢字を覚えておくために書いておくこともできない。
シーラ
が物語を描くために紙とインクを大量に使ったが、紙はともかくインクは自分の持っているものを使ったと聞いている。それだけ管理されているのだ。
「でもずるいわ、シーラは。どうしてシーラだけ怒られないの?」
「紙を使ったことなら、叱られていただろ」
「確かに叱られていたけど、罰は与えられていないでしょ。私たちが同じことをしたら、あの狭くてネズミがいるところに閉じ込められているわ」
そうだ、俺たちはここに入所した頃はまだ我儘だったために何度か『反省室』と言うところに閉じ込められたことがある。シーラは「反省室」の存在自体知らないようだった。
シーラは気づいていないようだったが、職員の人たちはシーラを贔屓していた。そして孤児院でリーダーだったヴァンに気に入られていたシーラは皆に守られていた。
だから「シーラはずるい」とコメットは言っているが、それは俺にだけしか言っていない。そんなことを声高に言えば、この孤児院で生活していくことが難しくなると悟っていたからだ。
シーラ本人はぽやっとしていて、平凡な少女なのに何故か目が離せない存在だった。
そして俺たちはシーラと同じ職場に勤めることになった。王都でシーラに再会した時、シーラの髪が金髪だったことに驚いた。いや金髪っぽいとは思っていたけど、光り輝くほどの高貴な金髪だとは思わなかったのだ。
多分孤児院では手入れされていなかったからくすんで見えていたのだろう。栄養状態の悪さもあったのかもしれない。
「シーラはずるい、私だって手入れをすれば……」
コメットはシーラの髪を羨ましそうに見ている。だが手入れをしても涅色の髪は金髪にはならないと思う。
シーラについては考えるだけ無駄なのだ。だから俺はシーラに対しては感謝だけしている。シーラが頑張ってくれたから、俺たちは良い職場を得ることができた。コメットも内心ではそう思っているはずだ。たぶん。




