54 活字拾いの少女、暑さに対処する
とうとう夏がやってきた。
私は暑さに弱い。いや冬もそれほど好きではない。春が良い。一年中春だったら良いのに。
前世なら冷房という暑さをやわらげてくれるものがあった。
このジリジリと思考まで溶けてしまいそうな暑さを皆はどうやって乗り切っているのだろうか。
孤児院にいる時は動かなかった。部屋で一番涼しいところを探して、ごろごろしていた。でも成人して働かなければならなくなった去年の夏は地獄だった。借りていた部屋も暑いし、活字工房も暑かった。自分の部屋には魔法で作った氷をバケツに入れて凌いだ。でも職場ではそんなことはできない。それでも給金をもらえるから我慢した。
今も同じだ。とにかく我慢、我慢。手袋に汗が滲む。活字拾いをしている手から活字が落ちそうになる。これはヤバい。まじでヤバい。活字が落ちて、文字が欠けてしまったら、弁償しなければならない。
額から汗が流れ落ちる。この部屋暑すぎる。
そこで考えたのが、服に魔法を付与することだった。インクを使って服に【涼風】の魔法を使ってみた。
涼しかった。でも風が強すぎた。これでは魔法を使っていることが隠せない。涼しいんだけどな。
そしてインクは汗ですぐ滲んでしまう。
そこで次に考えたのが護符だった。
前世で、護符は災いを防いだり、持ち主を守ったりする力が宿る札のことである。それと同じものを作ればいいのではないかと考えた。
初めはハンカチにインクで書いていたが、インクはすぐに汗で滲んでしまう。仕方ないので苦手だけど刺繍することにした。刺繍で漢字を書くのだ。魔法を込めながら。うまく行くか分からなかったけど、頑張った。
本当は部屋全体に魔法を付与したかったんだけど、魔法使えるのがバレるのは困るから自分だけ涼しくなることにした。
「なんかシーラ先輩の周りだけ涼しい気がする」
クラウスが私の周りをウロウロしているが気にしない。気にしたら負けだ。
「シーラって昔から、そういうところあるよね。絶対なんか隠してる。涼しくするもの持ってるんだろ」
また先輩が抜けてる。むむむ。どうやって誤魔化そう。
「あっ。アレックさんに何か貰ったんでしょう? あの人貴族でしょ。金持ちっぽいし。貴族の家には涼しくするものあるからね。うちの実家にもあったし」
やっぱり、貴族にはあるんだ~。そうだろうと思った。だって消臭の魔法を付与できるんだから、冷風とかありそうだもんね。
「そ、そうなのよ~。アレックに貰ったんだよ~」
アレックを利用することにした。
「ずるい。俺にも貸してくれよ」
「ダメだよ。一つしかないし、貸したら返してくれないでしょ」
「じゃあ、じゃあ、もう一つもらってくれよ」
「アレックに直接頼めばいいじゃない」
刺繍をもう一回する気にはならないから、アレックに丸投げすることにした。お貴族様だけ涼しいのはずるいからね。
「いや絶対俺から頼んでもくれないでしょ。シーナ先輩から頼んでよ~」
こういう時だけ先輩呼びするんだから。
「でもさぁ。普通これくらいの規模の会社だったら、【冷風】とか【涼風】を付与すると思うんだけどなぁ。なんでこんなに暑いんだよ」
ということで、ましろに頼んでセシルさんを呼ぶことにした。セシルさんにもましろを登録していて良かったよ。
セシルさんは大の鳥好きだった。ましろの話をすると自分も登録したいと言ったので、ましろを見せて登録したんだよね。でも今までましろを使って手紙を出すことはなかった。だってお貴族様であるセシルさんに手紙を書くほどの用事がなかったからだ。
「あら~、ましろちゃんの手紙に書いてあったように、本当に暑いわね~。でもおかしいいわ、暑くなる前に【冷風】を付与したのに、どうしてこんなに暑いのかしら」
セシルさんは暑くなる前に付与を頼んでくれていたようだ。でも私が調べた限り、この部屋だけではなく他の部署の部屋も暑いらしく、社員食堂で汗を拭き拭き、皆が不満を言っている。そう社員食堂も暑いのだ。
「社員食堂も暑いから、冷たいものばかり注文されてますよ」
「去年、ガッテン街の方の工房に付与してくれた人だから大丈夫だと聞いたのだけど、どういうことかしら」
「去年? 活字工房暑かったですよ? あれ魔法使っていたんですか?」
付与魔術師はピンからキリまでいる。セシルさんはキリである魔術師を雇ったのだろうか。
「今まで頼んでいた魔術師が引退されて困っているという話をしたら、去年頼んだ方がいるって言われてその方に連絡していただいたのに。まさか暑かっただなんて。ガッテン街の工房からは暑かっただなんて報告はなかったのに、どういうことかしら」
これは詐欺ではないの? よくある商法だよ。あれ? こっちの世界では詐欺とかないのかな。でも明らかに騙されているし、詐欺だよね。
「それでどこに魔法を付与したんですか?」
「確か、この辺りよ。付与するときに見ていたから間違いないわ」
セシルさんは魔術師が付与するのを見ていたそうだ。工房が休みの日に行ってもらったのでセシルさんが魔術師を案内したらしい。一部屋一部屋、付与して回ったそうだ。
壁紙の模様のところに、漢字が目立たないように書かれている。私はじっと模様を凝視する。
「あった、ここね」
確かに漢字らしき字が書かれている。
「やだこれ、冷風じゃないわ。だってさんずいになってるわ」
「えっ? さんずいって氵だよね。シーラが部首とか言ってるやつだよね。冷風の冷は氵じゃなくて冫だよね。どうして間違っているんだ? 魔術師が間違うわけないだろ」
「セシル様、誰に紹介してもらったのですか? この様子だと多分他の部屋も間違えてますよ」
「ガッテン街の活字長よ。商業ギルドですぐ来てくれる方を頼んでみるわ。安いと思ったのよ。正規の魔術師じゃなかったのね」
セシルさんは怒って出て行った。
「でもこれ魔力は篭ってるのに、残念ですね。氵の真ん中を消したらなんとかならないかな」
確かに真ん中を消したら冫になるけど、そういう問題ではに気がする。漢字を書くときに間違えているから、魔法としては成り立たないだろう。でも魔力は篭っているのだから、全くの詐欺ではなかったようだ。
「クラウスは魔力が見えるの? 」
「ああ、『祝福の儀』で得た俺の能力が魔力が見えることなんだ。少しは役に立つかもって父親に引き取られたけど、結局役に立たないって捨てられた能力だよ」
「魔力がまだ篭っているのなら、この活字を使ったらどうかしら」
まだインクが付いている活字の中から、【冷】と【風】の活字を探して、魔力のあるあたりにハンコを押す感じで押し付ける。
「ちょっとインクが薄いかな。でも魔術師が来てくれるまでならもつんじゃない?」
魔力がこもっている場所にこの活字を押すだけではダメだっただろう。活字を押す時にちょっとだけ念を込めたのだ。ストーブの絵を書いて火を起こしたのと同じ要領だ。上手にできて良かった。
「うん、涼しくなった気がする」
「クラウスの能力のおかげだよ。魔力がこもってるってわかったからできた魔法だよ」
涼しくなったからか、クラウスが嬉しそうに笑っている。




