50 活字拾い少女、クラウスから忠告される
「ごめん、遅くなった」
卓上に置かれていた肉をほとんど食べ終えた頃クラウスが現れた。
「遅いよ、クラウス。もうほとんど食べ終わったよ」
クラウスがどうしてもヴァンに合わせてくれって言うから、夕飯を一緒にって誘ったのに遅すぎる。
「あっ、本当だ。少しくらい残しておいてよ、シーラ……先輩」
なんか先輩って呼びにくそう。もうやめていいよって言ってあげたほうがいいのかな。まあ一回呼ばれたから満足したし、明日には呼び捨てで良いよって言ってあげよう。
「どうして遅くなったの?」
「王都に来たばかりなんで、迷っちゃって」
「私が一緒に行こうって言ったのに、大丈夫だと言ったのはクラウスでしょ?」
この店は大通りから少し離れているから、一緒に行こうと言ったのにクラウスは自信満々に断ってきたのに結局迷ったようだ。
「明るかったら大丈夫だったと思うんだけど、暗くなるのが思ったより早くて」
そうなんだよね。前世の日本と違って、夜は本当に暗くなる。ここは王都だからガッテン街よりは明るいとはいえ、やはり暗いのだ。
「クラウス? いや、お前コンラートだろ」
ヴァンがクラウスを見て首を傾げている。ヴァンは二人を見分けることができたから、クラウスはコンラートだったみたい。でも実家から孤児院に追い返されてクラウスになったと言っているのだから色々あったのだろうと察することができる。お貴族様のお家騒動に関わるのは怖いから関わらないに限る。
「ダメだよ、ヴァン。本人がクラウスだって言ってるんだから、クラウスなんだよ」
「いや、でも、どう見てもコンラートなのに」
なおも言い張るヴァンをクラウスが遮る。
「コンラートの名前はあいつのものになったから、代わりにクラウスの名をもらった」
あいつって言うのか。あんなに仲が良かったのに。
「そ、そうか。大変だったんだな。よし、飲め。俺の奢りだ」
「ありがとうございます。ヴァン先輩?」
「先輩なんて、よせよせ。前と同じでヴァンって呼んでくれ」
「はい、ヴァン。またよろしく」
ヴァンはクラウスのために今日のおすすめのたくさんの具が入ったスープとオークの肉を焼いたのを頼んでいる。そしてエールも。
「ちょっとヴァン、クラウスにはエールなの? 私にはいつも葡萄ジュースなのに。まだエールは早いって飲ませてくれないのに、クラウスは私より年下だよ」
「いや年齢は関係ないだろ。年齢は。就職祝いでエールを飲んで倒れたのはシーラだろ」
「え?倒れたのシーラ」
「倒れたのか?シーラ」
「ああ、それも一口で倒れたんだ」
「「一口で!」」
「ちょっとヴァン。嘘はいけないよ。二口は飲んだからね。二口は」
「一口も二口も同じだろ」
ヴァンはわかっていない。一口で倒れようともアルコールを飲みたい私の気持ちを。前世の私はお酒つよかったのに、残念すぎる今世の私。
「それでクラウス、わざわざ会いたいってなんかあるのか?」
「そうなんだよ。ヴァンに言っておいた方がいいってみんなに言われたんだ」
どうやらクラウスはヴァンに用事があったようだ。てっきり懐かしいから会いたいのかと思ってた。ヴァンがいた頃に孤児院で育った子はみんなヴァンを慕ってたからね。
「みんなって孤児院の子か?」
「ああ。俺、成人になる一ヶ月前に孤児院に戻されたでしょ? さすがに仕事も決まってないからって、しばらく置いてくれたんだ。漢字を知っている子が欲しいってガッテン工房から話が来てるからどうかって言われて、シーラも働いているって聞いたから、その話を進めてもらったんだよ」
「どうしてシーラが働いているだけで、就職の話を進めてもらうんだ?」
アレックが口を挟む。
「変なところだったら、ヴァンがやめさせるだろうからさ。続いているってことは良い職場ってことだろ」
ちょとまって。私は自分で進路を決めたよ。ヴァンに進められて決めたわけじゃない。
口を挟みたかったけど、ちょうど焼きたてのオークの肉を手に取ったところだったので話をするより食欲の方が勝った。
「……それで話というのは?」
「セシル様が王都から来られるまでとりあえず見習いでガッテン工房で働いてたんだけど、そこで変な話を聞いてさ」
「変な話?」
「なんかシーラに逆恨みしている奴がいるらしいんだよ」
「逆恨み? シーラなんかしたのか?」
「してないよ……。たぶん」
エールは飲まさせてくれないので、葡萄ジュースで口の中の肉を飲み込んでから返事をした。食事とジュースって合わないんだよね。お茶があったらいいのに。
「なんかシーラが王都に栄転したのが気に入らないとかって話だった。まあ完全な逆恨みだね」
「ああ、それイライラおじさんかも。本当は貴族出身のイライラおじさんを引き抜くためにガッテン街の活字工房にセシル様は来てたけど漢字があんまり読めなかったから引き抜かなかったって聞いたよ」
「イライラおじさんとはなんだ? 名前があるだろ」
「名前は、名乗ってくれなかったから知らない。いつもイライラして大きな声出してたおじさん」
「そんな奴が逆恨みって大丈夫なのか?」
アレックが心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫でしょ。だってイライラおじさんはガッテン街にいるんだよ。何もできないよ」
「それがさぁ、なんかそいつ辞めたみたいなんだよ。俺、活字拾いしてたんだけど、そこで働いているおばさんたちがさぁ、すごくシーラのこと心配していたよ」
「おばさんたちが?」
活字拾いのおばさんたちとはあまり話したことなかったけど、気にかけてくれてたと聞いて驚いた。
「そうそう、あれは危ないって、逆恨みでなんかするつもりだろうから気をつけた方が良いって、同じ孤児院にいたんだから知らせておあげって。孤児院でその話をしたら、シーラはぽや……じゃなくて楽観的な性格だからきっと「大丈夫大丈夫」で終わるだろうから、ヴァンに話せって言われたんだ」
クラウスから話を聞いたヴァンとアレックは外に出る時は必ずましろを使って連絡を入れろって言い出した。迎えに行くから一人で出歩くなってことだ。二人とも大袈裟すぎる。
イライラおじさんが何かしてきても私には魔法がある。あのおじさんが相手なら大丈夫だよ。
でもイライラおじさん、仕事やめたのかぁ。まあ貴族出身だって話だから就職先に困ることはないのかな。




