47 活字拾いの少女、先輩と呼ばれる
シーラが慣れない組版作業をしていると、セシルさんが久しぶりに出社してきた。
彼女は一人の少年を連れていた。
ガッテン工房の制服を着ているから、従業員なのだろう。
「彼の名前はクラウス。今日からここで働いてもらうわ。クラウス、挨拶を」
「クラウスです。よろしくお願いしますシーラ」
会ったばかりで呼び捨て! これは上下関係から学んでもらわないと。
「こちらこそよろしく、クラウス。ところで、初めて会うのにどうして名前を知っているの? それに私の方が先輩になるのだから先輩と呼びなさい」
「シーラ、初めてではないでしょう? クラウスはガッテン孤児院出身よ。あなたより一つ下になるのかしら」
ガッテン孤児院は全部で四十名くらいだから、覚えているでしょうとセシルさんは言いたいみたい。でも私はあまり名前を覚えるのが得意ではない。前世の時からカタカナ(外国人)の名前を覚えるのが苦手だった。王都に来てから、知り合いが増えてきたから頭がパンクしそうだよ。
「クラウス、クラウス、クラウス……」
「まさか本当に覚えていませんの?」
セシルさんが驚いているが、本当に思い出せないのだから仕方ない。ヴァンに聞けばおも追い出せる気がするけど、ヴァンは二人いないから……、あっ! 思い出した。
「双子のクラウスだ」
「その呼び方はやめてくれ」
クラウスとコンラート、同じ顔が二つあって、それで覚えていたから思い出せなかったのだ。
「コンラートは一緒じゃないの?」
確か二人揃って引き取られたって皆が噂していた。おそらく実家に引き取られたんだと思ってたんだけどな。
「コンラートは両親に気に入られたからな。俺だけ追い出されたんだ」
プイッとクラウスは横を向く。それ以上は話したくないようだった。
「信じられないことに成人になる一ヶ月前に孤児院に返されたようで、就職も決まらなくて、追い出すのも可哀想だと孤児院の方から知らせがきたの」
さすがクラウス。この兄弟は孤児院で人気があったのだ。いつもは無関心な施設で働く人たちも彼らには笑顔で接していた。まあ確かに人目を惹く容姿だ。白金の髪に翡翠色の瞳。孤児院育ちなのに何故か色白で、顔の作りも彫刻のように整っている。そして何よりも二人とも人懐っこくて明るかった。
だが横を向いたクラウスの表情には陰がある。
「面接をしたら、漢字も読めっていうし、シーラと同じところなら働いてもいいよって言ってくれたのよ」
なんとなく上から目線な返事だと感じたのは私だけだろうか。働けないと食べていけないことを知らないのだろうか。
でもセシルさんはすごく機嫌が良い。この人タラシが!
この世界で双子は忌避されている。とはいうものの、それは昔の話で、今はそうでもないと言われている。だが貴族だと家督争いの火種になるとか家を二つに裂く存在だと今でも嫌がる人たちもいるらしい。その被害者がクラウスとコンラートだった。この二人は生まれてすぐにこの孤児院につれて来られた。確か二人が実家に引き取られたのは『祝福の儀』の後だった。その時は気づかなかったけど、おそらく『祝福の儀』で何か授かったのだろう。それで引き取られたのに、どうして成人前に追い出されたのだろう。と気にはなるけどワイドショーを見て騒ぐおばさんとは違うので、ここは素直に喜ぼう。新しい仲間が加わるのだ。これで本作りは進むはず。
活字棚を興味深そうに眺めているクラウスに話しかける。
「どうする? 活字拾いをする? やり方を教えようか?」
「セシル様の用事が片付くまで、ガッテン街の工房で活字拾いをしていたから、やり方はわかる。ただこの漢字の活字の並べ方は決まっているのか?」
ようぞ聞いてくれた。この素晴らしさをわかってほしい。説明したけどセシルさんとローズマリアさんにはスルーされたんだよね。
「部首ごとに並べているのよ。その方がわかりやすいでしょ」
「部首というのは、この氵とか言とか
書いてあるこれのことか?」
「そうよ。初めは戸惑うかもしれないけど、慣れれば効率が良いってわかるはずよ」
「この並べ方はシーラが決めたとセシル様が言っていたが、シーラが考えたのか? この並べ方を?」
クラウスはこの並べ方が気に入らないのだろうか。でも変えるつもりはない。それより重要なことがある。これだけは譲れない。
「シーラ先輩と呼びなさい。私がここでは先輩です」
孤児院では皆、平等とかいって敬称をつけないことになっているから年が上でも名前だけで呼んでいた。
ガッテン街の活字工房では一番の下っ端だったから、シーラかお前とかおいって呼ばれていた。
ここでは一緒に働いているのがお貴族様で、やっぱり下っ端でしかない。
でも今日からは先輩になるのだ。
「シ,シーラせんぱい?」
クラウスは私が折れないと悟ったのか、先輩をつけて呼んでくれた。
「なんでしょう、クラウス」
素直な後輩ができたようで安心だ。




