14 ガッテン街のガッテン活字工房で働くおばさんたち
「なんだか、あの鼻歌がないと調子が出ないねぇ」
アガットは活字を拾いながらぼやく。すると横で活字を拾っていたエリナがそれに応えて口を開く。
「わかるわ~。聞いたことのないメロディだったわねぇ。楽しみにしていたのにイライラおじさんのせいで、ここでの楽しみが減っちゃったわ」
イライラおじさんと言う命名はシーラと言う活字拾いの少女だった。本人は気づいていないようだったけど、彼女の独り言は周囲に聞こえていた。
アガットとエリナはシーラが活字工房に働き出した時から気にしていた。二人は何度か声をかけようとしたが、声をかけようとすると邪魔が入った。
邪魔をしていたのはイライラおじさんこと、ドンク活字長だった。
ドンク活字長は、子爵家の三男だ。だが所詮は三男。家督を継がなければ平民になる。だから大抵のものは騎士や文官や魔術師を目指す。だが頭も体力も魔力もなかったドンクは、他家への婿養子を狙った。だがドンクは容姿も普通だったため難航した。
どこにも就職(結婚)できなかったドンクは親にガッテン活字工房へ就職させられたのだった。
だがドンクはその時勘違いした。彼はガッテン子爵の娘と結婚できると思ったのだった。その時ドンクは19歳。ガッテン子爵の娘は7歳だった。
ドンクは威張るだけで、仕事はあまりできない男だった。色々な職種を経験したあと活字長に任命された。腐っても貴族の子。クビにはできなかったからだ。
ガッテン子爵の娘が17歳になった時、そろそろだろうと思って親に尋ねて初めてそんな話はないと言うことに気づいたのだった。ドンクは兄が家督を継げば平民になるしかない。
それで心を入れ替えれば良かったのだが、そうはならなかった。平民への八つ当たりが多くなったのだ。それでストレスを解消しているのだった。だがドンクもバカではない。相手を選んでいた。
どこからも文句が出ない孤児のシーラはドンク活字長にとってストレス解消に最適なカモだった。
孤児のシーラが入社してきた時、よく仕事をするから社員にという話もでたがドンクが許可しなかった。活字拾いなんて誰でもできる仕事だという理由で却下したのだ。確かにこのガッテン街の活字拾いは社員じゃない人たちばかりだったので、それ以上シーラを社員にという話は出なかった。
だがドンクはまた同じ話が出るのではないかと気が気でなかった。孤児の平民が社員になるということは自分と立場が同じということで、絶対にシーラを辞めさせようと考えたのだった。
彼にとっては孤児の平民と同じ仕事をしていることすら我慢ならなかったのだ。
「さすがにハシゴの修理をわざとしなかったのはダメよね~」
「私たちもあのハシゴについては散々直してって言ってたのに、知らん顔して。他の活字長にも責任あると思うわ」
「仕方ないわよ。ドンク活字長は貴族の子だもの。一応活字長であり、この活字工房の工場長もやっていたのだもの逆らえないわ」
「そうね。セシル様にシーラがクビになった理由を聞かれて、ハシゴのことを告げ口したけど、結局イライラおじさんはクビにはならなかったわ」
「でも彼は他の部署に行かされたわ。一番過酷な製紙工房にね。あそこの製紙長は平社員と一緒の仕事をするらしいから今度はサボれないわよ」
「シーラが本店で採用されたって聞かされた時、すごい声で叫んでいたらしいわよ。製紙工房の人に聞いたの」
アガットがクスクスと笑いながら言う。エレナも一緒になって笑う。彼女たちは話しながらも活字は拾っている。
「そうでしょうね~、彼は本店で働きたかったみたいだもの。あの働きで本店に採用されるわけないのに」
「今頃シーラも活字拾っているのね」
「きっとまたハミングしながら拾っているはずよ。だってシーラはいつも楽しそうに活字拾いしてたからね~」




