ひロがる世かイ
言われた通りに来てみると、瓦の上に佇むリュウホウの姿があった。不安定な足場で、何をするでもなく、ただ佇んで景色を眺めていた。
(移動ができて助かった。こんな所、どう頑張っても登って来られねぇわ)
魔物となり飛躍的に向上した身体能力。しかし、どれだけ優れた能力を持っていても、それを使いこなすことが出来なければ意味はない。持って生まれた恐怖心も拭えない。同時に与えられた空間移動の能力に、オースは救われていると理解した。
「……何か用か?」
リュウホウは、そう言って振り返ると、気だるげな表情でオースを見た。
「いや、その、ちょっと伝えておきたいことがあって……」
らしくない彼の表情に、オースは戸惑う。
「……さっきのアレは、そういうことか。魔術の気配を感じた。這うように移動する魔術。あの強さは、間違いなく巽のものだった。何かを探っているのだと思ったが……標的は我であったか」
力なく、ぼそりと呟いた。
(なんで、こんなに落ち込んでるんだ? とてとての言葉をまだ引きずってる? いや、あの言葉に落ち込む要素ないだろ。めっちゃ褒めてたし……別件?)
ここまで、彼が無気力である理由はわからなかった。聞く度胸も持ち合わせていない。
「で、要件はなんだ?」
「戦争が始まる」
「……は?」
簡潔な言葉を聞いて、リュウホウは眉をひそめる。
「どこから説明すればいいのか……」
「最初から全てだ」
彼の纏う雰囲気が変わる。
「えっとだな……まず――」
短い時間で起きた出来事を、余すことなく説明する。話を聞き終えた彼は、ゆっくりと息を吐いた。
「愚かだ。あぁ、あまりにも愚かだ。この国に未来がないことはわかっていたが、まさか自ら死を早めるとは……」
失意に満ちたその言葉は、重く場に落ちた。
「結局、飼われる道を選ぶのだな、巽も。そういう人生しか歩んでこなかったから仕方ないのかもしれないが。残念だ」
テウメと密接な関係が生じた事実に、強い不快感を示しているようだ。何でもすると言い切った挙句、開戦の引き金を引く羽目になったのだから、無理もない。
加えて、彼の手によって施された改造が、露見する可能性すらある。
「今までも、お前に飼われてたんじゃ……?」
「籠を壊すための手段を与えようとしただけだ。あいつは、与えられた人生を歩むことしか知らない哀れな存在だったからだ。無意味だった……ということだな」
彼は拳を握りしめ、悔しさを滲ませた。
「なんでまた……?」
何故、彼がそこまで怒っているのか疑問だった。
「腹が立つのだ、ああいう姿を見せられると」
「ふ~ん?」
「もう過ぎてしまったことだ、仕方ない。それが、与えられた道だったのだろう。美月を喪って乗り越えられるはずがないと思った、貴様から。美月が助からなければ、最悪だな」
与えられた人生を、望まれた通りに歩む。それが、王として生まれた巽には当たり前のことだった。魔王軍の庇護下に置かれてもなお、王という枷は外さなかった。王として生きる以外の道は知らなかったからだ。
「……で、本題なんだが」
苛立ちを隠しきれないリュウホウを前に、不安は尽きなかった。それでも、覚悟を決めて口を開く。
「なんだ?」
「明らかに不利だ。だから……力を貸して欲しい」
しばしの沈黙。やがて、彼は口を開く。
「何の為に? この国は利用され、破滅に向かっていくだけだ。貴様にとっては、大した情もないだろう。肩書きだけの役職を与えられただけの場所だろう」
「問題はそこ、そこだよ。世界的に見れば、俺はこの国を支配する立場だ。はいそうですか、って手放すのも癪なんだよ。可能な限り、ダメージを与えたい。でも、俺達だけじゃ明らかに力不足だから。軍師として経験のあるお前の力を借りられたら……いいなって」
負け戦の消耗戦。対抗すればするほど、そこに世界の力が注がれていく。
だが、あっさり敗れれば、いいように喧伝されるだけだ。士気は高まり、結束はより強固なものとなる。
取るに足らぬ存在だと烙印を押されることだけは、プライドが許さなかった。使えるものは全て使わなければならない。そこにある命は捨て置いてでも。
「なんと独善的なことだろう。まぁ、いい。遅かれ早かれ、この国は戦火に包まれていた。我が研究の成果は、今頃とてとてが取り込んでいる所だろう。最近、暴れる機会が少なくてな。フラストレーションも溜まっていた。研究対象と机に向き合うだけの日々に彩りがあっても良かろう。酒では補いきれん」
彼は首を鳴らし、空を見上げる。
「貴様のお陰で踏ん切りがついた。我は、魔王軍幹部のリュウホウだ。軍師として、この世界にやってきた。暴力の限りを尽くさなければな。その礼に、しっかり暴れてやる」
(まぁ、よくわからんけど、一緒に戦ってくれるなら何でもいいや)
「開戦はいつ頃になるのだ?」
「さあ……? テウメ次第だろ。今すぐにって訳でもないだろう。その辺はちゃんと確認しとかねぇとな。あいつは勝手過ぎる」
「その点においては共感する。まったく……やることばかりが増えていく。どうするのだ? 戦争となれば、同盟関係にあるレンジポアを巻き込むことになるぞ」
彼は腕を組み、オースに視線を向けた。
「それ、それなんだよ。でも、マジでこの件に関してそっちを巻き込みたくないっていうか……拠点が一気になくなるのは魔王軍としては大損失だろ。あいつは、その辺を軽く見がちだ。魔王様がプロモーション大作戦とかやってたのに、これじゃあ逆にプロモーションされちゃうだろ」
「貴様に、それを言われたらおしまいだな。あの女は、結局気持ちなどわからんのだ。どこまで行っても真似事しかできん。数値では測れぬ感情が、どのように作用するかがわからんのだ」
喜怒哀楽――人間に備わる感情が、思わぬ結果をもたらすことがある。テウメは、それを理解しようと足掻いている。だが、本質的にそれを持たぬ時点で、その重みを理解できないのだ。
「その辺も、どうしたらいいか教えて欲しい」
「まぁ、まずはレンジポアの代表に話をしにいくべきだな。戦争が始まったと同時に、無関係であるという声明を発表させること……それから、念のため防御は固めておくべきだ。いつの時代も、どの世界でも、どさくさ紛れに攻撃してくる連中はいるからな」
「はぁ……気が重い……」
「あぁ、それから――」
立ち回りと対策について、リュウホウの説明はなおも続いた。複雑な世界の有様を、人間の愚かさを聞かされているようでもあった。
小さな辺境の村で生きていた頃は、無縁だった。見聞きすることも、知ることもなかった。一体、どちらが幸せだったのだろうか。知ることと引き換えに、失ったものは少なくない。
「――まぁ、大体こんな所か。とはいえ、戦争が起これば、予想外の出来事は多く起こる。伝えたものは、必要最低限のことだ」
「めっちゃあったぜ……? あぁ、だる~」
「仕方あるまい。これは、統治者の宿命だ」
頭を抱えるオースを見下ろし、リュウホウは僅かに口角を上げた。
「貴様1人では、荷が重かろう。レンジポアとの交渉については、我が担当しよう」
「マジ!?」
「だから、この国のことは貴様が責任を取れ。貴様の力を最大限発揮し、世界に名を刻め」
「名を……?」
「あぁ、良かったな。貴様も全世界に認知される可能性が出てきたぞ。悪名だが」
(あいつとは、まさに対だな。あぁ、言われなくてもそうしてやるさ)
「しかし、魔王軍のためにそこまでするのは何故だ? 魔王への忠誠は……」
「わからない。ただ、魔王様への感謝とかなんか諸々がさ、こう胸の内に引っかかってて。そう簡単に割り切れねぇ。何とかしたい、期待に応えたいっていう思いもあって……だから、やるんだ」
自分でも要領を得ない説明だと思ったが、それ以上言葉は出てこなかった。しばしの沈黙の後、リュウホウは鼻で笑う。
「悪くない。貴様は、貴様の力で答えを導き出せ」
向けられた視線は、いつになく優しいのだった。
次回更新は、5月10日です




